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カウントダウン太陽の塔内部公開まであと少し。

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来る2018年3月19日。いよいよ公開される”新生 太陽の塔内部”。

再生事業に取り掛かって以来、まだか、まだかと言うよりも、以外と早かったなぁって感覚。

前回迄 2007年を振り返っていたけど(まだ続く)10年位前には想像も出来なかった事が現実化する。







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内部公開は沢山の人が押し寄せる事必至とされHPからの予約制となり今日はその手続き解禁の日。

”万博マニア”として何が何でも.....”岡本太郎ファン”として這ってでもすぐに”行かねばならぬ”......と言う訳でもないし...ほとぼりが冷めてからでもと思っていた。

這ってでもと言えば15年前、33年ぶりの内部公開へは足の骨折をおして行ったのが懐かしい。






d0065737_03174561.pngあの時は今回を逃したら、次は何時になるか解らない切迫感があったけど今度は何時でも見ることが出来る安心感が腰を上げる速度を遅くしている。

しかも公開初日は土日でもない月曜日...となれば、まぁ5月位迄にはってスタンスでいたけど、まぁどんな予約状況はどんな感じかなって感じで軽くアクセスしてみれば...

”あれっ?つながらない” 、”ん?..つながらない”、”えっ!つながらない”....”まさか...つながらない...じゃないの...”....どーなってるんだ?”軽くアクセスしていた筈の”、”ほとぼりが冷めてからでも十分な筈の”クリックに段々と力が入って来ていた。





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インターネットニュースを見てみれば先日の優先入場の時と同様サーバーダウンしていると...1秒間に3万アクセスとの報道も...

1秒間に3万アクセスと言うのが、どんな単位なのか、どうやって調べたら判明するのか解らないが、それほどまでの内部見学希望者の多さに驚いた。








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本日申し込み開始2日目。土曜休みなので”ほとぼりが冷めてからでも十分”な筈なのに頻繁にアクセスしているがつながらない。依然としてサーバーはダウンしたまま立ち上がれない様だ。

復旧作業って、どう言う作業なのだろうか?遂にHPにもアクセスできない。

もはや、内部公開に行ける行けないが目的では無くなってきた。内部公開はほとぼりが冷めてからでも十分なのだ。

今は只、つながるつながらないが目的だ。”申し込みはこちら”をクリックし申し込み方法が書かれたページにつながりたいだけなのだ。














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by banpakutantei | 2018-01-20 16:12 | 万国博 | Comments(4)

2007を振り向いて その3。

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1回や2回では書ききれなかった2007年万博の思い出その3。今では、すっかり冬のイベントとして定着したイルミナイト万博の記念すべき第1回。

この頃は未だプロジェクションマッピングでは無くイルミネーション。目玉は何と言ってもスイス館光の木の復活。

万博記念館で公開されて以来、奥の奥の奥に大事に保管されたまま忘れ去られたかの様に表舞台に出てこなかった光の木。





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前々回に書いた”嗚呼消え行く万国博”で引き倒された木、叩き割られた電球の1部が残され生き延びていた。

電球の数は当時のものとは比較にならないが、写した写真をズームすれば”嗚呼 懐かしの万国博”そのもの。

イルミネーションだけ見れば、凄いものは沢山あるけれど、光の木は万博公園にしか生えていない。

下から見上げる夜の太陽の塔も益々、神掛かって見えた。その下には大きなミニチュアのソ連館もあったりして当時へのオマージュ色が濃かった。


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あれから10年。光の木は再び奥の奥の奥に隠された様だ。奥の奥の奥。奥さん。

その間、鉄鋼館がEXPO70パビリオンとして生まれ変わっても、光の木は何故か公開されていない。

以前は公園内に奥さんと思われる場所が幾つかあったけど壊され、今は70パビリオン内か協会ビル内しか無い。

多分70パビリオン内の何処かで、またいつか来るかも知れない出番を待っているのだろうけど、またいつかが来るのかなぁ。




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岡本太郎の”あの鐘を鳴らすのは”の事なども書いていた07年12月辺りのブログはこちら

読み返すと、大晦日の紅白で石川さゆりには「ホテル港や」を歌って欲しいと、書いていた。阿久悠さんが亡くなって早10年。

その間「津軽海峡・冬景色」と「天城越え」が交互に歌われ「ホテル港や」は奥さん状態だ。只、あの曲は”大トリ”の時にこそふさわしい曲。機会も結構、限定される。

あの鐘も大晦日NHK「ゆく年くる年」で時を告げる鐘として鳴らされないかなぁ。光の木同様、そのいつかは来るのか?。





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by banpakutantei | 2018-01-08 02:17 | 万国博 | Comments(0)

2007を振り返るその2。


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1回や2回では書ききれない振り返る2007年その2。マニアエキスポ閉幕直後、吹田博物館で開催された”07EXPO70 私と万国博”展。

2カ月連続。良く行かせてくれたなぁ。調べてみるとこの年6回位大阪に行っていた。開催期間は約40日。興味深いイベントも沢山行われた。

一般市民からの当時の写真、資料提供も多くさすが地元、遠く関東に住む私が万博云々と、うんちくを語っても説得力が違う。展示してあった写真と共に添えられたエピソードを読んで感じる羨ましさと敗北感。




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何せ会場に行ってる回数、現場力が違う。何回行ったか解らないなんて人はザラで、会場で働いていた人、遠い親戚が泊まりに来た家もぞろぞろ。

家から万博会場が見えた人、見えないながらもソ連館のてっぺんが見えた人、太陽の塔の万博ビームが見えた人等々、逆立ちしてもかなわない。

左の墓地越しに見えるエキスポタワーの写真なんて初めて見た。角度を変えればきっと太陽の塔も見えるのだろう。太陽の塔の見える墓地。ここに入れるのも地元の特権。





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万博ベンチに万博紙袋を置き座っているお洒落な女性。リアルなパビリオンがデザインされた紙袋がカッコいい。中にはどんな万博土産が入っていたのだろう?

万博紙袋もかなりの種類が作られS氏のコレクションをマニアエキスポなどで見ることが出来たけど実際の会場で使用されている写真って、あまり見た事がなかった。








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会期中 ”万博の基幹施設の計画にかかわって”と題した万国博美術館の設計者の川崎清さんの講演に行った。

万国博美術館(国立国際美術館)とホールは既に無く、2005年のブログ開始直後、その解体を嘆いていた。講演では"老朽化が理由で無い"解体を”運命だろう”とおっしゃられていた記憶がある。

講演後、2003年美術館最後の展覧会となった”川崎清 美術館建築とその周辺”の図録に川崎さんの好きな言葉”無作”と共にサインを頂戴した。

写真と共に写っているのは昔拾った美術館前の階段のタイル。


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この展覧会で一番印象に残った写真。建設中の会場の大韓民国パビリオン付近で撮影された万博ヘルメットをかぶった幼い兄弟と思われる写真。

光の当たり方が少し不思議だけど、なんて微笑ましいのだろう。当時の私は多分女の子位の年齢。

そう言えば06年、この吹田博物館前で遭遇した少年。写真の少女位の年齢だった。S氏に”万博のおっちゃん”と話しかけてきた彼はさすが地元。この展覧会に頻繁にやって来たそうだ。

あれから10年。青年になった彼は未だ万博に興味があるのだろうか?

会場入口で出迎えてくれたリオちゃんの記事はこちら







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by banpakutantei | 2018-01-04 03:59 | 万国博 | Comments(0)