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2019 前半を振り返る~大阪初の世界遺産は太陽の塔ではなく古墳群。

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今年7月に登録された大阪初の世界遺産「百舌鳥・古市古墳群(もず・ふるいちこふんぐん)」。感想と言えば「先を越された!」だ。
 
大阪の世界遺産候補と言えば「太陽の塔」に他ならない。エキスポタワー、美術館などが残っていれば「太陽の塔ほか日本万国博覧会遺跡群」なんて名前になった筈。 

でも今回仁徳天皇陵他古墳群が世界遺産に登録されたお陰で、塩漬けされたままだった万博遺跡を紹介できるキッカケとなった。


  
                             


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世界遺産決定と共に早速出された東京羽田発の旅行案内。ツアー名は”感動の 一度は見たい世界三大墳墓の全景。”

「祝 令和初の世界遺産灯篭勧告 仁徳天皇陵 セスナ遊覧と大阪名所ぐるり決定版!2日間」となっており、写真には仁徳天皇稜と共に並ぶ太陽の塔。2025万博に向けて大阪万博の記憶をたどる。とある。

仁徳天皇陵の見学以外も内容は盛沢山で49年前の記憶がよみがえるEXPO70パビリオン、太陽の塔の見学、大阪城天守閣入ったり、通天閣入ったり、新世界や道頓堀で食事したり昔懐かしいチンチン電車への乗車等々。






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2日目の日程なんて相当駆け足での見学だ。

そう言えば、小学生か中学の頃だったけど教科書で見た仁徳天皇陵に行ってみたいと思っていた時期があった。確か先生が「あそこは中に入ることが出来ない。」とか「観光地ではない。」様な事を言ってた記憶がある。

仁徳天皇陵が堺市と言う場所にあると言う事だったけど、堺市が大阪府の都市である事は知らなかった。

その内、仁徳天皇陵は「行ってみたい場所リスト」から消えていった。





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世界遺産となった先日、 結構前に大阪万博ポルトガル館にあったと言う彫刻を見に行った時、仁徳天皇陵近く迄行った事を思い出した。

その彫刻はザビエル公園と言う場所にある言う。

随分前に万博友達から教えてもらったけど行けず仕舞いだった事を思い出し阪堺(はんかい)電車と言う当時、何と読むのか解らない路面電車に揺られて見に行ったのだ。

旅行の広告にある”昔懐かしいチンチン電車”とはこの路線の事だ。写真をさかのぼってみると行ったのは2011年と判明した。




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その時、子供の頃行きたかった仁徳天皇陵が近くにある事を知った。仁徳天皇陵もフランシスコ・ザビエルも教科書では有名なアイコンだった。

天王寺駅周辺は再開発が行われていて、2019年現在、日本で一番高いあべのハルカスの建て方初めの写真を撮っていた。何でも撮っておくものだと思った。









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これが乗り場。乗ってみて初めて路面電車であった事を知る。途中、これまた名前は良く聞くが何処にあるのか知らなかった住吉大社前などを通過し最寄り駅、花田口へ。

ザビエル公園の最寄りの花田口駅。ここから仁徳天皇陵まで2~3キロらしい。百舌鳥・古市古墳群は44基もの古墳群で構成されているそうだ。その中で一番有名なのが仁徳天皇陵。









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古墳群と言うからにはある範囲内が世界遺産と言うことであり、圏内のポルトガル館の彫刻は世界遺産範囲内に存在している事になるのか?そんな事を言えば圏内に存在する家は世界遺産内一般家庭と言うことになるのだろうか?


この味わい深い行先看板は未だ健在なのだろうか?附近のご案内のトップにはザビエル公園があった。ザビエルの遺体はミイラとなっておりスペインで保存されているそうだ。






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公園に入ってみるとポルトガル館にあったと言う彫刻は簡単に見つかった。

只いくら、ありがたい万博遺跡であっても万博アイコンとして記憶が無ければ「ふーん。」と言う感じでもあった。

これが展示品では無くパビリオンの一部とかであったなら感慨深さも違ったものになるだろう。

一体この彫刻は何処にあったのだろうか?以前に紹介した種子島の万博遺跡「海の男の像」と同様会場での場所が解らない。




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探偵事務所に設置した自称小田原万博資料室(非公開)でこの彫刻を探してみるも、パビリオン正面からの写真ばかりで、なかなか無い。

やっと見つけた白黒2枚の内の1枚が左の下ピンクの矢印。黄色矢印の先が種子島の像があった場所。2つは裏手側に並んでいた様だ。

百舌鳥・古市古墳群に先を越されたが太陽の塔を世界遺産への動きはあるそうだ。遺産登録はの基準は10あるそうだ。

   

                        


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”人間の創造的な才能を表す傑作である。”とか”文化的伝統又は文明の存在を伝承する唯一無二の存在”とか”歴史上の重要な段階を物語る建築物”などなど。太陽の塔に当てはまるものばかり。

太陽の塔に当てはめず何に当てはめると言うのか?

登録となった暁にはセスナで太陽の塔黄金の顔付近まで接近するツアーが出たら何をおいても参加したい。           

by banpakutantei | 2019-09-16 22:19 | 万国博 | Comments(0)

私の履歴書。コシノジュンコさん。


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今回の写真は一枚目以外、全部コシノジュンコさんのサイトから無断借用しています。ごめんなさい。

前回堺屋さんの事を書いている時に始まった日本経済新聞のコシノジュンコさんの”私の履歴書”。

堺屋さんの事を書いている時に何というタイミング。堺屋さんがプロデュースした大阪万博生活産業館つながり。生活産業館、ペプシ館、タカラビューティリオンのコスチュームをデザインされたコシノさん。


ここに自身の履歴を書くと言うことは多分とても名誉な事。自叙伝を書くようなもので経財界他著名な方のひとつの到達点では無いかと勝手に思っている。













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きっと大阪万博の話も出てくるなぁと毎日期待していた。

1965年66年67年の話となり、そろそろコスチュームの依頼話の時期となった。話は大阪万博前の68年当時で一旦足ふみ状態となったけど、そろそろ明日明後日だなぁと踏んでいた。


しかし...待てど暮らせど...出てこない。話は一気に70年を通過してしまった。

あれ?連載第15回。”東京青山を通過する外苑西通りは「キラー通り」と呼ばれる
。それを命名したのは私である。

大阪万博が開催される前年の1969年。~略外苑西通りの通称はまだなかった。













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その件について通産官僚だった堺屋太一さんに相談してみたことがある。私は翌年の大阪万博で制服をてがけた関係で、万博担当の堺屋さんと顔見知りだった。

外苑通りより個性的で強いインパクトがある名前はないかと相談するコシノさんに堺屋さんは「コシノさん 自分が好きな名前を付けちゃえばいいんだよ」”と背中を押してくれたそうだ。


そうかきっと万博話は話せば長くなるので最後にもって来る訳だな。”最後に忘れてはならない 大阪万博の衣装デザインについて話してみたい。官僚だった堺屋太一さん(当時は本名の池口小太郎と言っていた)から話をもらい...」”と始まる筈だ。














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ひたすら待った...毎朝通常第一面から読むのが常だが、うしろのこのコーナーから読みだした。待てど暮らせど万博話は出て来ない。遂に本日最終回。嗚呼...最後まで大阪万博の話は出ず仕舞い。


結果的には堺屋さんはキラー通りの命名についてのやりとりだけだったし、大阪万博もこの時の一回だけだった。四谷シモンさんは二回出てきたかなぁ。






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何でも万博つながりにするのがいけないのだ。解っている。解っているって...

只、今頃「あらっ 一番大事な大阪万博の話を書き忘れてしまったわっ」って気付いている頃かも知れない。























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とは言いつつ 最近太陽の塔に入ったりEXPO70パビリオンに来ていたり2025大阪万博誘致に尽力したコシノさん。

左3番目写真はコシノさんデザイン大阪万博 生活産業館のユニフォーム。



by banpakutantei | 2019-08-31 21:08 | 万国博 | Comments(0)

2019 前半を振り返る2 堺屋太一さん逝去。


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何故、こうなちゃうのかなぁ。2月万博おじさん堺屋太一氏逝去。昨年11月2025大阪万博決定から僅か3カ月後にまさか逝ってしまうなんて。

開催決定直後の堺屋さんの美術館 愛住館入口には”日本開催決定!”と追加されたポスターが貼られていた。関西と温度差がある東京でこんなポスターが貼られていたのは此処だけではないかと思われる。

どんなに行きたかっただろうなぁ第二回大阪万博。







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仕事場兼事務所を改装した東京四谷の美術愛住館では「堺屋太一監修 万国博覧会展」が開催されていた。会期中には毎回内容の違う堺屋さんの万博話が聞ける講演会が6回も開催された。

経済関係の講演は数え切れない程、行った堺屋さん。

以前経済関連の講演を聞かせていただいた時、所々に万博の話を混ぜてはいたけれど、やってそうでやってなかった講演、それが万国博に関してのもの。

  





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一番得意で何時間でも話せそうな万博の講演は初めてだったのではないかと思う。まさに最初で最後になってしまった。

「この行事のはじまりから終わりまで携わった人はきわめて少ない。~血と涙と汗をたらして実行した当事者として正確な記録と記憶の記述を残したいと思った。」”地球最大の行事 万国博覧会”の冒頭に書かれていた熱い思い。

万博の事は何時間でも話していられる堺屋さんの講演会初回。途中でアシスタントの方からこんなカンペが入った。







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2025大阪万博開催決定直後。立ち見まで出る程盛況だった万博講演会最終回。

「万博の話をしたら、沢山お客さんが来ると思っていたけど(思っていた程来なかった)...やっと最終回で沢山の方に来ていただいた。」とおっしゃられていた。

多分これが堺屋さん生涯最後の講演会。終了後はかなりの長時間に渡りサインを求める列が続いた。

何にサインしてもらうのかなぁ?と観察していると「団塊の世代」、「油断」や最後の著書となってしまった「地上最大の行事万国博覧会」三田誠広さんの「堺屋太一の青春と70年万博」などが確認出来た。






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私もの堺屋さん最後の著書”地球最大の行事 万国博覧会”に”祝 万博開催決定”と入れたサインを頂戴した。

堺屋さんから頂戴した名刺。何の肩書も書かれていないシンプルなデザイン。書かれている住所は美術館の場所。










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何度か堺屋さんのサインを頂戴したけど、最初に書いてもらった生活産業館の関係者向け記念誌。

「おぉこれはこれは」と喜んでいただいた。生活産業館の実質オーナーでもあった堺屋さんの倉庫には、ヤフオクでもあまり出ないこの記念誌のデッドストックが沢山あったりして。











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「プロレス式最強の経営」元週刊プロレス編集長 山本隆司著となっているが実はプロレス好きでもあった堺屋さんが書いている。

大好きなプロレスの本をどうしても出したかった堺屋さんだったけど「先生が(低俗な)プロレスの本などと言うものを出しては駄目です。」と周りから反対され「それならば名前を借りて出版する。」と出したのがこの本。

読んでみれば確かに堺屋さんらしい文体で構成されている。プロレス、特に女子プロレスのファンであった堺屋さんは会場でも目撃されたし、とある団体のスポンサーでもあったそうだ。





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「堺屋先生。恐縮ですがこちらにサイン頂戴したいのですが..」断られるかも知れないと思いつつ恐る恐る差し出したのは堺屋さんの著作集のチラシ。

チラシを見て堺屋さんは「おっ!」と言う顔をされた後、「君ねぇ。この本 沢山の図書館に置くように働きかけてくれよ。」とペンを走らせてくれた。

そんな力なんて持っていないのに「わかりました。」と答えてしまった私。

何にも出来ない小市民の私に唯一出来る事。それは著作集を図書館にリクエストする事。

帰ってから「さて、先ずはわが町小田原の図書館にリクエストしよう。」「あっても、せいぜい”油断”とか”団塊の世代”他数点かなぁ」と蔵書を検索してみれば...何と堺屋太一著作集全18巻既に揃っているではないか!驚いた。納めている市県民税の一部がこんな処に生きていた。是非みなさんも。

図書館に行く事は殆どないけれど、チラシの左上にある”自身による書下ろし解説”に何が書かれているのか?気になっている。

万博著書で古本市場では高値が付いている「日本の万国博覧会 その意義・計画・効果」「万国博と未来戦略 ビジネスマンのためのガイド」は残念ながら入っていない。

堺屋さん安らかに...。

by banpakutantei | 2019-08-11 01:47 | 万国博 | Comments(0)

さぼりすぎて唐突に2019年 前半を振り返る


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今年前半の大きな出来事と言えば天皇陛下が変わり元号が変わった事。早くも今年のトップニュース。

2019年5月27日、トランプアメリカ大統領を迎えての宮中晩餐会にて。

「私自身の貴国との最初の思い出は1970年の大阪万博」とおっしゃられた天皇陛下。何と新天皇陛下にとっても我が国にとっても令和最初のビッグイベント冒頭で飛び出した”大阪万博”の四文字。







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まさか天皇陛下が”大阪万博”と口にするとは!本当に驚いた。

「私自身の貴国との最初の思い出は1970年の大阪万博であり。当時私は10才でしたが月の石を間近で見た事やチャールズリンドバーグ飛行士に水上飛行機シリウス号の操縦席に乗せていただいた事を今でも鮮明に覚えています。」とおっしゃられたのだ。

天皇陛下と私はほぼ同世代。実際、万博書籍には浩宮様時代に何度も会場を訪れていた記事が載っている。立場は全く違うけど万博少年同士だったのだ。






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天皇陛下も昔、近未来都市万博会場にワクワクしたんだ。今回のお言葉を考えるにあたり、あの日あの時の思い出を回想されていたに違いない。

大阪万博って本当楽しかったなぁ。もう一度あの頃に戻って会場を巡りたいなぁ。」って。まさか私の様に毎日、回想している筈はないけど。

万博少年同士だから凄く解るのだ。復活した太陽の塔の内部にだって入りたいのだ。EXPO70パビリオン見学だってしたいのだ。2025に向けて絶対実現しそうな話だ。





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昔の資料には昭和天皇陛下御一家も何度も足を運び”万博ファンの皇族ご一家”とも書かれていた。

公式ガイドブックを見て、あそことあそこ。あとあのパビリオンには絶対に行きたいとおっしゃられたのだろうか。

「フジパンロボット館でロボットを握手した事。」「月の石は間近でみたら、やっぱり石だった。」「アメリカ館のドームを参考に東京ドームが出来た。」とか、もっともっと万博の話がしたかったんだと思うけど、絞りに絞ってこの数行をお話になったんだろうと思う。





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リンドバーグのシリウス号。これはアメリカ館では無くアメリカンパークの展示。かなりマニアックな話だ。「アメリカンパークのケンタッキーであの時食べたチキンの味が忘れられない」とは言わないか。

お言葉の中で万博の事を日本万国博覧会と言わずに大阪万博とおっしゃられた。やはり1970年の万博は大阪万博が正式名なのかも知れない。

パビリオンではスタンプ押したのかなぁ?バッジもらったのかなぁ?天皇陛下は、どんな万博グッズ持ってるのかなぁ?まさか皇居内に大阪万博記念室なんてないよなぁ。気になる。





















by banpakutantei | 2019-07-28 03:11 | 万国博 | Comments(0)

カウントダウン2018が暮れるまで あと数時間。


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11月集中投稿した反動で12月は息切れ。

今年は近年になく万博イベントが色々ありました。年明けにゆっくり振り返ります。


今朝の日経の今年を振り返る写真の中に第2回大阪万博開催決定の写真が含まれていた。





d0065737_17343072.jpg来年はもう少し更新頻度をあげたいなぁ。


来年もよろしくお願いします。


by banpakutantei | 2018-12-31 17:54 | 万国博 | Comments(0)

カウントアップEXPO2015開催地決定から一週間。

d0065737_17271492.jpg開催地が大阪に決定以来、早くも10日。

2020オリンピック開催地決定の時は各局テレビ生中継されたが今回地上波で放映されず、大阪市内のホテルにてパリからの中継を見る誘致関係者を映す映像がYOUTUBEで流れていた。

私が見た時は3200人位、見ている人がいると表示がされていた。

d0065737_17264063.jpg延々と長い国会議員の先生の紹介とパリからの誘致のプレゼンが終わり「投票の準備がととのう迄」長い休憩となったが、どの様に結果発表がされるのか解らなかった。

東京オリンピック決定の時、会長がプレートを返して「トキョ」と宣言したイメージが強く残っていて、万博もコンベンションホールで博覧会国際事務局会長が出てきて、おごそかに発表されるのかなぁと想像していた。
d0065737_17261315.jpg投票時間は予定より遅れ画面には休憩中が延々と続く。眠い。寝てしまうぅ。となったが関係者の方々はうしろから中継されているのを知っているのか、おとなしく座っている方が多い。

日本会場の司会者が「さて皆さんお待たせしました。いよいよ投票が始まります。」と盛り上げ、待ちくたびれ、だらけた場を締める。
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と..現れたシンプルな画面。えっ?いきなり投票?セレモニーは?会長は?会場風景とか映らないの?

後から知ったのだけど、電子投票で決められるのだそうだ。って事は投票権を持った人がパリまで来て投票しているのでは無いって事?



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で あっと言う間に棒がパパっと伸びて一瞬で上位二か国が決定した。日本が一位。ロシアが二位。

日本の一位通過の安堵感よりも、このあまりにもアッサリした結果発表に拍子抜けした感じ。「あっ、そうなの。こんな風に決まるんだ。」

現地パリで見守る関係者も控室の様な部屋で同じ様なモニターを見ている。えっ?レセプション会場では無いの?
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約10分後。「さあて、いよいよ決選投票です。」日本会場の司会者がさりげなくあおる。決選投票はあまり間髪をおかずに開始されるようだ。

画面には歴代万博のシンボルのシルエットが映る。太陽の塔が確認できる。

2025大阪。会場はやっぱり万博記念公園にして、歴代万博のシンボルを復元したこんなシルエットの会場になったら良かったなぁ。
d0065737_23561400.jpg そして...いよいよ...バババ...予備選と同様に一瞬で横棒が伸び決着。


”欽ちゃんの仮装大賞”の様な「溜め」や「2025開催はどちらだ?」なんてアオリ映像も無く、初めて見る万博開催地決定の瞬間は激戦も伝えられてた割に、画面の棒の伸びと同様アッサリと大阪開催が決定した。

紅白歌合戦がお茶の間の電子投票だけで決まらない様に、もう”ひとひねり”あっても良かったけど、何はともあれ良かった、良かった。



by banpakutantei | 2018-12-07 00:58 | 万国博 | Comments(0)

EXPO2025開催まであと1日と書いている間にあと0日。

d0065737_11115475.jpg本日深夜パリで決定するEXPO2025開催地。

関東の人肌程度の新聞対応もやっと”3面”まであがってきた。

泣いても笑っても 開催地決定は今夜。

2020東京オリンピックの時は特番まで組んで、その瞬間に立ち会えたけど、大阪どうなんだろう。



 



d0065737_17332909.jpg取敢えずYOUTUBEで見る事が出来そうだと言うのだが...どんな発表の仕方なのだろうか?


通天閣にふたたびの”日本万国博覧会”の文字が点灯するだろうか?今夜は特別ネオンで応援しているそうだ。









d0065737_17334043.jpg大阪で採取した誘致マークの大放出。

"万博誘致と言う祭り"は今夜で終わる。祭りの後の寂しさだけが残るのか?はたまた明日から"万博開催準備と言う祭り"が始まるのか?決定してもしなくても明日から撤去作業が始まる。

d0065737_17345007.jpg 決定してもしなくても、このブログの”開催地決定までのカウントダウン”も終了。しばらく、さぼっていたのに、いきなりほぼ連日書くなどと言う無謀な行為。

でも決定したら、2025迄 カウントダウンしていけばいいのだからブログタイトルには困らない。




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新大阪駅。開催されたら、最低月に1度は降り立ちたいなぁ。






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”バンパク、キテネ!”のポスター。

腕のシルエットの中には協賛企業のロゴが入っているんだけど、よく見ると1970大阪万博のさくらのマークも入っているし上では、くいだおれ太郎も応援している。







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d0065737_17361825.jpgこのブログ開始の頃、書いたんだけど万国博に行った時乗った”えび茶色”の電車って、地下鉄で行くと言われたのに地上駅だった、こんな感じの駅だった。

初期のブログ”えび茶色の思い出”はこちら。決まったら何色の電車で行くのかなぁ。


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予想?...2国の初めての強さだけが不安だけど。
d0065737_17522649.jpgあと数時間後、果たして万博開催へのチケットが通過しゲートを抜けれるか?

by banpakutantei | 2018-11-23 20:21 | 万国博 | Comments(0)

カウントダウンEXPO2025開催地決定まであと2日。


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羽田空港にて。TOKYO2020とOSAKA2025。

実際の処、関東で、EXPO2025開催地決定が間近な事はあまり知られていない。

温度差はかなりあって大阪が沸点間近に対し関東は人肌位。新聞の報道も殆ど、されていない。

東京は東京オリンピックだけど、大阪は正式には日本万国博覧会なんだけど。でも大阪万博のが、やはりしっくり来るかなぁ。

by banpakutantei | 2018-11-22 04:12 | 万国博 | Comments(0)

カウントダウンEXPO2025開催地決定まであと3日。

d0065737_00120118.jpg先日、資料整理の際 見つけてしまった不吉な資料 。"オリンピックを大阪に!”シール。

2000年 万博30年の年、大阪市立博物館で開催された万博開封展に行った時、街中でよく見た2008年大阪オリンピック招致の風景。

招致に40憶以上かけたとも言われているが敗退。開催地は北京に。北京ならば仕方無い気もするけど、現時点の大阪では多分禁句。


万博開封"とはよく言ったもので、この時松下館のタイムカプセルのフタが開かれた様に大阪万博愛が詰まった心のカプセルのフタが開封されたのもこの頃だったと思う。




d0065737_19182409.jpg オリンピック招致の頃の大阪の風景を確か撮ったなぁと探してみてもPCのデータに無い。そうか、この頃は未だデジカメで撮っていなかったんだ。

ある場所は押入れのどこか。本家サイトも初期はプリントアウトした写真をスキャンして使用したんだっけ。

万博マークをアレンジした様に見える招致マーク。上のイラスト、通天閣、大阪城、大阪ドームらしきものは認識できるけど太陽の塔らしきものは見当たらない。





by banpakutantei | 2018-11-21 19:49 | 万国博 | Comments(0)

カウントダウンEXPO2025開催地決定まであと4日。

d0065737_00093372.jpg今年2月。立候補していたパリが辞退し日本が有利にと伝えられた事もあったけど、他2国は初開催と言う点が優位に働くかも知れないとも言われている。

1947年以来パリでは8回もの万国博が開催されていて今回9回目、実に78年ぶりの挑戦。

パリのシンボル、エッフェル塔は第4回1889年に建設された。この頃になると万博資料でもやっと少し写真が出てくる。(それまでは絵)

しかし1900年開催時の建築のアレクサンドル三世橋からの風景を見た時は本当に驚いた。セーヌ川沿い前回建築のエッフェル塔をバックに並ぶおとぎ話のようなパビリオン。日本は明治35年で第1回大阪万博より70年も前の風景。

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この付近で開催された万博は多く第4回1889年のエッフェル塔、第5回1900年のグランバレ、プティバレ、第7回1937年のシャイヨ宮などが現存している。つまりこの付近は年代の異なる万博遺跡の宝庫でもある。

エッフェル塔を見ながらの1900年パリ万博のセーヌ河沿いに建つパビリオンを想像したくてコテコテ装飾のアレクサンドル三世橋に行った。エッフェル塔手前に並んでいた幻のパビリオンに思いをはせる。




d0065737_00094315.jpg1889年のエッフェル塔と1900年のパビリオンが同じ写真に収まっている風景。右を見ればグランバレ、プティバレが残っている風景。2025万博。エッフェル塔を太陽の塔に置き換えてみる。第2回大阪万博が記念公園で行われたら太陽の塔の元、2025のパビリオンが華開いていただろう。

左はグランバレから撮影した1900年万博遺跡プティバレ。プティと言うには相当大きい。

ヨーロッパの建物は大体大きい。まずボリュームで圧倒される。もともと恒久建築として建てられたらしく今も美術館として現役のままだ。



d0065737_00092328.jpgパリの蚤の市。クリニャンクールでの1コマ。此処はまさしくアンティークショップの宝庫。アンティークEXPO。じっくり見ていると1日では足りない。

じっくり探せばパリ万博の品とか見つけられる筈。

クリニャンクールはいくつのエリアに分かれているけど、その中のドウフィンと言うマルシェにEXPOの文字を発見。フランス来ても呼ばれるなぁ。と我ながら感心した。



d0065737_00095375.jpg何より驚いたのが建物センターにあった。UFOハウスFUTORO!こんなところで出会えるなんて!思わず駆け寄った。柿色でとてもカッコいい。

まさか売り物では?売り物だったらどうする?買う?としてもいくらなんだ?どうやって持ってくる?

掘り出し物だ!流石はアンティークの宝庫クリニャンクール。と思った。



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さすがに、これだけのものになると嫁さんも「パリに来ても相変わらず変なものに吸い寄せられて来るね。」とは言うものの「まさか、買う気じゃないでしょうね?」とは聞いてこない。

いやぁ。欲しい。でも..買ってどうする?買って何処に置く?使用目的は...「俺の部屋」。好きな本をどう置く?そうだこのカーブに合った書庫を特注しよう。

お金の事は置いといて、この円形のスペースの使い方を考える。想像を超えた幻想だ。

このFUTOROどうやら売り物では無いらしい。売り物では無い...良かった。本当に良かった。本気で買おうと考えを巡らせていた処だった。

(写真は2014のもの。2018再訪した時もまだあった。)以前書いた本家サイトのプラスティックハウスはこちら

by banpakutantei | 2018-11-20 20:52 | 万国博 | Comments(0)