本家、建築探偵がやって来た。

d0065737_1222481.jpg呆れる程”城下町”にこだわる、小田原市だが昭和37年築の市民会館の老朽化に伴い新しいホールの建築計画がある。計画されたホールの仮称は当然の如く”城下町ホール”。

市報に載った”設計者は城下町ホール設計者選定委員会の許、コンペで決定される”云々。その中に発見した一行。

”藤森照信氏を委員長とする選定委員会”の一行。肩書きに”建築探偵”の文字は無い。小田原と全く縁など無いと思っていた”元祖建築探偵”藤森さんが小田原と関わる。

ホール設計者のプレゼンテーションが公開で行われると云う。それも日曜日となれば行かねばならぬ。ホールの計画に、あまり興味は無いが著書とマジックを携えプレゼンが行われる市役所に向かった。

控え室前で藤森さんの有難いサインを頂く。藤森さんは予想通り気さくなおじさんだった。名前まで(ぼかし部)入れてくれて、すごく嬉しかった。本当は小田原建築探偵を公認しますなんて一行を加えてくれたら尚、嬉しかった。

藤森さんは国府津の看板建築群(もう群と呼べないが)を知らなかったそうだ。昨年消えてしまったヒノデストアや大川輪業が存在するうちに見て欲しかった。新しいホールの名称の一部にはやはり”城下町”って入るのだろうか?うーん。
[PR]
by banpakutantei | 2006-01-29 12:59 | 小田原 | Comments(0)


<< テトラと言えば東芝テトラ。 小田原説もある”わたしの城下町” >>