カウントアップ ソチオリンピック 1日目。

d0065737_12472592.jpg「さそりの東京」第四回。第1作「女囚さそり701号」の刺して、刺して、刺しまくった終盤。

ナミが登って行くのは千代田線新御茶ノ水駅のエスカレータ。日本1かどうかは解らないけど相当長い。

此処を使う時、いつもナミの幻影を思い浮かべ頭の中には「恨み節」が流れる。ロングコートに帽子、黒づくしの女性が自分の上にいて、振り返ったとしたら...。

さそりシリーズには、此処は何処なんだろうと気になる場所が幾つかある。

d0065737_12475636.jpg夏八木勲演じる刑事杉見を追い詰めるラストシーン。近代モダン建築な意匠が残る屋上。此処も気になる場所。

この場所が何処なのか?設定上は旧警視庁屋上だけど本当に警視庁屋上でこの様な撮影が行われていたのか?

画面間近に映る、皇居のお堀と橋、遠方にホテルニューオータニ、日本武道館。この場所を特定するヒントは映るけど特定が出来ない。

地図で、これらが当てはまる場所を探してみたし実際に歩いてもみた。うーん、それらしき建物が無い。


d0065737_12485012.jpg何せ40年以上前の映画。数々の近代名建築は取壊され東京の景色も変わった。

警視庁屋上じゃないとしても、既に無いのかもしれない。実際警視庁の屋上だったとしても建替えられて今はもう無い。何処なんだろう?

やはり本当に警視庁屋上での撮影だったのだろうか?実際の警視庁屋上で、刑事をこんなズブズブ刺す映画を撮影していたのだろうか?気になる。
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# by banpakutantei | 2014-02-08 18:48 | 東京 | Comments(0)

カウントアップ2014。年明けから3日。今年もよろしく。

d0065737_1121175.jpg間が空いてしまったけど”さそりの東京”第3回は、さそりシリーズ第2弾。1972年12月封切りの「女囚さそり 第41雑居房」のラストシーン新宿副都心。

おどろおどろしいシーン満載の内容を払拭するかのような、爽やかな青空に映える囚人服の青いストライプ。

只、爽やかな空とウラハラに走りながら包丁をバトンタッチしながら走る女囚達のどう解釈した良いか解らないシーン。

40年以上前の新宿副都心。劇中47階建ての京王プラザが映るが他には未だ高層ビルは殆ど建っていない。

d0065737_4461938.jpg後方には52階建てとなり京王プラザを抜く高さとなる建設中の新宿住友三角ビルが見える。

子供の頃の高層ビルと言えば36階建の一番上の写真、霞ヶ関ビル。

大阪万博の少し前、この日本初の高層ビルが竣工された。多分開業から程なく連れて行ってもらったと思う。

小学生の頃、何度か東京に連れて行ってもらったけど、あの頃は東京に遊びに行く事は一寸した旅行みたいなもので東京見物と呼んでいた。

d0065737_4465395.jpg最上階には展望室があり眼下には40年以上前の現在とは相当違う景色が広がっていたんだろうけど全く憶えていない。

36階が最も高いビルで他に高いのは東京タワーだけの時代。他に知ってた建物は国会議事堂位で後はだだっ広い東京が広がっていたんだと思う。

高層ビルとは1階から順繰りに楽しいアトラクションを見たりしながら最上階まで登って行く建物と解釈していた。

それが36階もあると思うとゾクゾクしない訳が無かった。

d0065737_4484038.jpg殆どの階が当然テナントの事務所で、他の階には小学生が興味を示すものが何も無いと言う事を知りがっかりしたのを憶えている。


展望室では裏側に刻印出来るメダルが売っていた。展望室からの眺めや、どうやって行ったかとかその時東京で何を食べたかとか全く記憶に残っていないけど、このメダルを買ったって事だけを記憶している。

メダルの裏側には行った日がハッキリと刻印されている筈だけど記念のメダルも今は無い。

d0065737_4475152.jpg住友三角ビルの後は競う様に、高層ビルがニョキニョキと建ちだし、霞ヶ関ビルはそれ程高いビルでは無くなった。

建設当時は探し易かったビルも現在では、流石に埋もれてはいないけど、よおく探さないと気が付かない。

霞ヶ関ビルに行ったのは、この時のたった一度だけ。展望室のあった場所は今でも当時のままなのだろうか?

さそりが走った約10年後、此処が未だ広大な空き地だった学生時代、この橋の写真右手で行われた甲斐バンドのライブTHE BIG GIG。

d0065737_4491015.jpgTV放映もされた一曲目の”生”「ブライトンロック」のレコードとかけ離れた素晴らしさ。YouTubeで見る事が出来る(事もある)けど全く色あせていない。その一ヶ月後には小田原にもやって来た。

現在、跡地含むこの橋の左右には、あの時の熱気を閉じ込めるかの様に東京都庁舎が建つ。

あれから30余年。何気なく見たバラエティ番組のひな壇に座る甲斐よしひろ。思わず「どうした?」と問いかけそうになった。

d0065737_10503181.jpg当時、「3分やそこらで俺たちにメッセージは伝えられない。」「昔、出た時にテレビ局の奴らに酷い目にあった。」

或いは「俺たちの歌を聴きたければ”コンサート”に来い」的な理由でラジオには出ても歌番組へ出なかったアーティスト達。

「テレビに出てプロモーションする。」「テレビに出ない事によってプロモーションする。」「本当はテレビに出たくて仕方ない。」「やっと口説たアーティストが出演する番組。」

人の心は移り行くものだし、年齢を重ねる度に丸くなるもの。画面の向う側の色々な大人の事情の見え隠れが何となく解る大人になった。
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# by banpakutantei | 2014-01-03 15:43 | 東京 | Comments(0)

カウントアップ オーストラリア記念館閉館から早22日。

d0065737_1452637.jpg1976年の開館以来40年。2013年11月30日。オーストラリア記念館最後の日。

当日の入場者は気持ち多いと言いつつも閑散としていた。私とて訪れるのは数年に1度。今回で5回目位。

2006年、愛地球博の巨大カモノハシが展示されリニューアルし来館者数も当初は若干上がったが近年は低迷していた。

大阪万博当時の展示は無いけど主役はあくまで、この建物。築40年。現存する最も大きなパビリオン。

取壊しと聞き「勿体ないけど、仕方ないか」とあきらめを感じたが、この場所に来てその気持ちは「何とか残せないのか?」に強く変化した。

d0065737_1455722.jpg四日市のプロレスのメッカと呼ばれた円形ホールも、愛着のあるレスラーから惜しむ声が多数上がった。

この建物さえ残っていたら別に記念室が解放されていなくても構わないではないかと思う。壊すにも費用が掛かる事だし。何とかならないのかなぁ。ならないんだろうなぁ。

午後5時。遂に”最後の”閉館時間が来た。最後だからとごった返している訳でも無し、セレモニーがある訳でも無し、取材が来ている訳でも無し、蛍の光が流れる訳でも無し.....。

数名の万博ファンと関係者に見届けられ、何気無く、さりげ無く、仕方無く...多分いつもと同じ様にオーストラリア館のシャッターは降ろされ用意された「閉館」の案内が貼られた。
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# by banpakutantei | 2013-12-23 02:28 | 万国博 | Comments(2)

カウントアップ オーストラリア記念館 閉館から早10日。

d0065737_1332425.jpgオーストラリア記念館最終日。寂しげに見えてしまう後姿。

以前からの疑問。オーストラリア記念館って、どこまでがオリジナルなのかなぁ?って事。

例えばコンクリかモルタル製のパビリオンの外壁を壊さずに持って来るのは色々な面から不可能だったろう。

閉幕後、外壁が壊されているオーストラリア館の写真も見た事がある。そうなると外壁は四日市に来てからのもの。つまりオリジナルの素材では無い事を意味する。

で...のシッポの末端。最後尾のフォルムのまとまり方は移築後のオリジナルな形だとずっと思っていたけど万博会場内でのフォルムもこんな感じだったって写真を最近見つけた。

登って登れなくも無さそうな背中の幅。スカイフック頂上まで登ったら気分は”怪獣王子”。万博の数年前に放映されたこの番組。当時オーストラリア館に登り怪獣王子気分を想像した人って結構いたかも。
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# by banpakutantei | 2013-12-11 01:58 | 万国博 | Comments(2)

カウントアップ オーストラリア記念館閉館から早5日。

d0065737_1371637.jpg2013.11.30の三重県四日市オーストラリア記念館。記念館としての役割を終える最終日の夕景のシルエット。

恐竜に例えられるオーストラリア館だけど、こうして見ると本当にネッシーに見える。あの頃はテレビや少年誌で頻繁にネッシーが特集された。

幻の生物、ネッシーを求めテレビ局はスコットランド ネス湖に調査隊を送り込んだ。テレビに映るネス湖はとても神秘的だった。いつか行ってみたい場所にネス湖が登録されていた。

「果たしてネッシーは我々の目の前に姿を現すのか?とその時!カメラの前を何かがよぎった!」どきどきしながらテレビに噛付いていた。

あれから40数年。どうもネッシーはいそうも無い。ネッシーらしき生物が写る有名な写真も、作り物だったそうだ。大阪万博イギリス館にはスコットランドのネス湖の展示などあったのだろうか?今更ながら気になる。 
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# by banpakutantei | 2013-12-06 01:47 | Comments(6)

カウントアップ EXPO70パビリオン公開から195週。

d0065737_115587.jpg休日。撮り溜めしておいたテレビ東京「ガイアの夜明け」と「カンブリア宮殿」をまとめ見する。

似ている様で似ていない両番組。「ガイアの夜明け」では順調に見える作業や事業に小さなトラブルが発生する場面を必ず映し出す。

その時だ。来るぞ来るぞと思っているとナレーターの蟹江敬三さんが必ず言うんだ。「ところが...」って。

今回の特集は「眠れる"お宝"買い取ります!」。


d0065737_1152343.jpg節約志向の高まりで、活況を呈している中古品販売ビジネス。その市場は家具、電気等、日用品は約1兆円、中古車を合わせると3~4兆円に上ると推測されている。

そんな中古品ビジネスの最新の動きを追った今回。番組冒頭、何気に、そして意図されたものでは無く映し出された四日市の遠景。

もしや...と思い凝視してみれば...オーストラリア記念館の姿。

d0065737_1231378.jpg内容を見てみると、この場面特に四日市で無くても全然かまわなかった。

こんな何気ないシーンの中に良くぞ見つけたりオーストラリア館。

大阪万博の遺跡と言えば真っ先に出てくる大型パビリオン唯一の生き残り。

現代に生き残った「四日市の奇跡&化石」の取り壊しが決まりオーストラリア記念館としての役割も遂に明日、2013.11.30まで。嗚呼…。
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# by banpakutantei | 2013-11-30 02:40 | 万国博 | Comments(4)

カウントアップ EXPO70パビリオン公開から194週。

d0065737_15481694.jpg「さそり」の東京は原宿表参道。以前のブログで初めて聴いた、よしだたくろうや井上陽水のレコード音源は同級生のT君の家のテクニクスだったって書いた。

歌謡曲とロックっぽい歌謡曲とフォークとニューミュージックと演歌が交じり合ったヒットチャートの時代だったけど当時はひらがな表記の吉田拓郎の「ペニーレインでバーボン」を初めて聴いた時の印象は今でも鮮明に憶えている。

曲が入っているアルバム「人生を語らず」は74年12月のリリースとなっているので聴いたのは多分75年になっての事だろう。


d0065737_2335460.jpg何しろ、それまで聴いた事の無い速さ。疾走感。耳が付いて行かない感じ。今聴き直すとそれ程でも無いけど、当時は処々、何と歌っているのか解らない程の速さだった。

そんな速いテンポの中、呪文の様に聴こえる「ペニーレインでバーボン ペニーレインでバーボン」。何かの記号の様に聴こえたペニーレインやバーボン。

「ペニーレインでバーボン?って?何?」中学生のT君や私にはペニーレインもバーボンも何の事だか、サッパリ解らなかったけど例によってT君のテクニクスで録音してもらったカセットテープを我が家のリッスン5で擦り切れる程聴いた。

d0065737_2362657.jpgインターネットなど無い時代。ペニーレインがビートルズの曲名を付けた店の名で東京の原宿にある店だと調べてくれたのはT君のお姉さんだった。バーボンは酒の名前だとも知った。

社会へ不満や心の中の悶々気分を晴らす為、この店で本人が「飲んだくれている」事を唄っているのが「ペニーレインでバーボン」だった。

ペニーレインとバーボンじゃなければいけなかったのか?その組合せの必然性を疑うことは無かった。

店がある「原宿」だって歌詞に出てくる「表参道」だって何処の事かも解らなかった。

d0065737_2344313.jpg原宿と言う駅で降りて、表参道と言う通りを初めて歩いたのは高校生になってから。T君の家で「ペニーレインでバーボン」を初めて聴いてから2年後の事だった。

ペニーレインはこの歩道橋の近くにあったけど「ああ此処が...」って感じしか沸かなかった。

さそりシリーズ第二弾「女囚さそり 第41雑居房」で渡辺文雄演じる刑務所長 郷田を追い詰めて行くさそり。

表参道歩道橋に立つさそりの右側にチラッと映るのは、この通りで異彩を放つ外観のオリエンタルバザーの姿。

d0065737_485987.jpg外国人向けのお土産を販売するこの店、「こんな前からあったんだ。」と思っていると1950年代から此処にあるそうだ。現在と若干違う外観は貴重なシーン。

さそりの当時は未だ中央分離帯が無いのが解る。現在と違って人がゾロゾロでも無かった雰囲気の街だったのだろう。道路の幅も微妙に違っている。

写真一番下、さそりの左側にあった同潤会青山アパートは映画に出てこない。廃墟の様な建物が歴史的建築物だと知ったのは、ペニーレインを聴いてからずっと後。吉田拓郎をあまり聴かなくなった時期だった。

同じ時期「ペニーレインへは行かない」をリリースした吉田拓郎。化石の様な建物も近年取り壊され現在は表参道ヒルズが建っている。あっ、前回次回と書いた、さそりの気になる場所は次の次位。
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# by banpakutantei | 2013-11-25 01:43 | 東京 | Comments(0)

カウントアップ EXPO70パビリオン公開から190週。

d0065737_328557.jpg前回の半沢直樹ロケ地つながり。映画やドラマに登場するロケ地には何種類か存在すると思う。

一目でパッとピンポイントで何処かが解る有名な場所。

場所の特定が直ぐ出来ないけど一目でパッと解る風景や建築物や構造物がいっしょに映っている場所。

何処だか解らないけど、行ってみたくなる場所などなど。

ドラマや映画じゃなくても自分の住んでる町とか良く知っている場所がテレビに映ると、見入ってしまうのは何故なんだろう?

d0065737_3183081.jpg今ではCGも進歩し出演者が実際のその場所にいなくてもいる感じに映っている。半沢直樹にもCGと思われる映像が結構あった。

そこに行ってどうする?って人もいるのだろうけど、そこに行きたい人も沢山いる。ロケ地の経済効果って相当あると思う。

梶芽衣子主演「女囚さそり」。四部作で1972年~73年に公開。今で言うR15指定なんだろうか?

大阪万博の2年後なので勿論封切りでは見ていない。万博から2年後の会場って、どんなだったんだろう?未だ大屋根や日本館が残っていた筈。


d0065737_3185828.jpg
初めて見たのは公開から7.8年後位だと思う。衝撃的なドロドロ感。

都内には名画座が沢山あった。時々さそり四本立てなんていうのもあった。

さそりの中で、ずっとある場所が気になっていた。数年前にDVDで全作、見直してみた。

画面に映る懐かしの東京の姿に、ドロドロさと真逆の郷愁を感じた。


d0065737_1515725.jpg大阪万博から僅か数年後の東京の街並。旧式の車。消えた建物。開発中の新宿副都心などなど。

初めて名画座で見た時には全く感じなかった感覚。懐かしの東京。当時、未だ未だ、さそりの街並みが沢山残っていた事だろう。

第三作目、女囚さそり けもの部屋も題名通りのドロドロ感たっぷり。

ナミ(梶芽衣子)が出刃包丁でぶった切った刑事(成田三樹夫)の腕を、振り回しながら逃走する渋谷駅前の歩道橋のシーンで始まる衝撃的なオープニング。

d0065737_3222668.jpgこんなシーン、どうしたら思いつくんだろう?渋谷駅近くの猿楽橋の上と下のシーンも出てきた。

下は一帯を捜査する場面。此処に似合う屋台が置いてあった。

橋の上でナミとユキ(渡辺やよい)が渋谷駅方面を見ながら、いっしょに飲んでいるのはファンタグレープ。ナミが自販で買ったものだ。

イメージからするとスプライトって感じだけど以外にもさそりはファンタグレープが好きだったんだ。

d0065737_325155.jpg晩秋の様な季節に何故に冷たいファンタグレープを?未だ自販で缶コーヒーの”温かい”なんて無かったのかも知れない。

うーん。初めて缶コーヒーの”温かい”のを飲んだ時の記憶が無い。

無言でファンタを飲むふたり。このスチール缶も懐かしい。大阪万博の写真を見ると、こんな缶が映ったものがある。

大阪万博2年後の東京さそりの街並はどうなっているんだろう?けもの部屋に出てくる渋谷近辺を歩いてみる。

d0065737_3203163.jpgナミが逃走した歩道橋は当時のままなんだろうけど、東横線側の風景は最近消えた。

すぐ近くの猿楽橋の上。2人が見ていた渋谷の風景も当然ながら随分変わっていた。

そこには大阪万博お祭り広場で活躍したロボット、デメとデクのデメに似た街灯が立っていた。

デメを模したオブジェにしか見えない。嗚呼ここにも「エキスポ70に見えるもの」が...。

さそりの中でずっと気になっていた場所は次回。
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# by banpakutantei | 2013-10-19 04:27 | 東京 | Comments(2)

カウントアップ EXPO70パビリオン公開から188週。

d0065737_21433776.jpg終了してしまった大人気ドラマ「半沢直樹」。前半の大阪編には太陽の塔をはじめ沢山の大阪の風景が出てきた。

人気に伴い、ドラマのロケ地を訪れる人は数多いそうだ。どちらかと言えば前半の大阪編の方がロケが多かった。

大阪二大巨塔の一つ、通天閣が見えるシーンも沢山映った。一番上の写真も結構、大阪ディープゾーンギリギリの距離からの撮影だと思う。

しかし、ついぞ登場しなかった、上から二番目、天王寺駅前から見えるこのシュールな風景。


d0065737_2145432.jpg初めて見た時はその驚愕感に感動すら憶えた。一瞬蜃気楼を見ているのかと思った。「駅前に天守閣...一体あれは...ラブホ?...。凄いもの見せてもらった。」

多分ラブホだろうけど確かめてみたい...天守閣のふもとまで行ってみた...予想通り...ラブホだった。

その城下町には他にも沢山のラブホが密集していた。様々な形をした夜の万国博、ラブホ街。

「あれは何?あのお城は何?」高速インター付近に見える、ファンタジーな構造物について、しつこく訊いた子供の頃。


d0065737_2145598.jpg西洋型のお城に対し純日本型、天守閣の形をしたラブホは幾つか見たことがあるけど、感動したのは、この駅前からみるトータルな風景。

後ろに通天閣を控えさせた駅前風景。このハリボテ感。

大阪土産によくある通天閣と大阪城と将棋の駒が一緒に映っている置物...リアル大阪土産な風景がそこにあった。

ホテルの名は「醍醐」。違和感全く無し。多分、大阪城を模したものだろうが、一体いつからあるのだろう?

d0065737_21474982.jpg開業時には日本一の高層ビルとなるあべのハルカスが出来たとは言え、その対角にある天王寺駅前の原風景がこれなんだと思う。

外観には家紋が沢山貼ってあり入口付近には二宮金次郎像まで建っていた。

客室には「大奥」とか「葵」とか「局」「御紋」なんて名前が付いているのだろうか?0009で「大奥」なんて。

ラブホ経営者からホテル改装の資金融資を申し込まれた半沢直樹。提出された事業計画の裏付け確認の為、ラブホ街を歩き廻る姿を是非、映して欲しかった。

d0065737_2148199.jpg天王寺駅前で電話をする半沢。その後方には通天閣とホテル醍醐。融資希望のラブホ経営者に醍醐の天守閣並みのデッカイ将棋の駒の形をしたネオンの設置を提案する半沢。

「この案を実現するなら融資実行しましょう。この際、名前もホテル王将に変えちゃいましょう!良い響きじゃないですか!貴方ならやれます。」

ホテル上に建つ天守閣。そのテッペンが単なるハリボテなのか、はたまたスウィートルームなのかは解らない。

スウィートだとしたら、部屋の名は当然「将軍」。しかしその頂は近くに見えて凄く遠い。
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# by banpakutantei | 2013-10-05 16:59 | 大阪 | Comments(0)

カウントアップ EXPO70パビリオン公開から186週。

d0065737_15213725.jpg”エキスポ70に見えるもの”何度目かのリターンズ。上は代々木第二体育館。その下は名古屋駅前のオブジェ。どちらも美しいソ連館の後姿を連想させる。

代々木第二なんて、これ見てソ連館イメージしたんじゃない?って位。オブジェの後ろに見える大名古屋ビルヂングは丁度約1年前閉館し、その姿はもう無い。

本サイト小田原建築探偵の最終アップから早2年。月日の経つのは本当に早いけど、その間製作していなかった訳でも無い。

現在でも製作中のものが何本かある。製作中と言えば聞こえが良いけど、要は途中で中断したまま現在に至るって事。

d0065737_15222381.jpgそんな、幾つかの塩漬けしすぎた物件の中からやっと一つ「ソ連館の遺品」を完成させアップしました。振り返れば当ブログの記念すべき第2回の記事。2005年6月。ソ連館、鋭意製作中とある。

当時、直接の面識はなかったけど、この物件を自分のサイトにはアップせずメールで教えてくれたのが大人気サイト「動物園・B級スポット大好き!」を開設していた荒川聡子さん。

早速、現地には行ったものの「直ぐにアップ」しますと言いつつ2011年に荒川さんは急逝されてしまった。残念だった。ブログに貼ったリンクは切れてしまっているけど未だ見ることは出来る。

d0065737_15224963.jpg又、万博友達の篤乃さんから「ソ連館について作りたいから」...と今回使用した写真の一部をお借りしたのが2008年2月。

あれから5年。御本人も貸した事すら忘れてしまう程、間が空いてしまった。

鋭意製作8年。その間ずっと製作していた訳では無いけどソ連館のテッペンの行方をずっと待っていて今日に至ったのかも知れない。

で...アップしたって事は見つかったのか?...って事になるのだが...残念ながら未だ見つかっていません。情報求む!

小田原建築探偵はこちら
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# by banpakutantei | 2013-09-23 01:09 | 万国博 | Comments(0)