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カウントアップ EXPO70パビリオン公開から145週。

d0065737_1320968.jpg今年...ヤフオクで万博関連の品物を幾つ購入したのか、あまり思い出せない...程買わなかった。

チェックの頻度が少なくなってきたのもあるけど滅多に珍しいものと遭遇しなくなった。その谷間を突いてとんでもない逸品が出品されたかも知れない可能性を考えると「継続は力なり」を忘れがちな自分を責めてみたりする。

12月に入り「こんなのあったんだ」の2つの品物が出品された。上はアメリカ館のもの。単なるアポロでは無くEXPO70の文字が見える。下は見たままソ連館のもの。お土産なのか関係者向けの記念品なのか?「結構欲しい..」。リストに登録した。一体どれくらいの価格になるのだろう。

d0065737_13205060.jpg仕事でバタバタしていた。双方共...参戦もせず終了時間から数時間後に「今日だったんだ」と思い出した。土俵に上ることも無く...勝負は終わっていた。

アメリカ館が¥27.500-ソ連館が¥61.000-で決着していた。ソ連館は結構な値段となった。稀少価値からしたら、そんなものなのかも知れない。参戦しても落とせなかった。

そうだ来年からは予算を決めよう。年間10万円なら10万にする。それでも月1万円以下。高い安いでは無く、これと思った逸品は年間予算で勝負。そうすれば、一見高いと感じるソ連館だって。これは良い考えだ。あとは終了日を忘れない良い考えを編み出さねば...。あと1月に予算全部使っちゃたら...。それはそれで...。
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by banpakutantei | 2012-12-31 05:11 | 万国博 | Comments(0)

カウントアップ EXPO70パビリオン公開から143週。

d0065737_1143887.jpg「太陽公園」は道路を挟み石と城のゾーンに分かれている。移動中に野球の練習場があり練習試合が行われていた。

そこには「東洋大姫路」の看板。おぉ...私が姫路と聞いて姫路城と並んで思い浮かべる記号。ここが甲子園常連校の東洋大姫路の練習場なのか...。何でも甲子園球場と同じ敷地面積なのだそうだ。広い。

ドカベンで描かれたならば白鳥城に打球を当てる超高校級のスラッガーがきっと描かれただろう。

練習初日。チーム内紅白試合に出場した彼は3年生エースの球を一振り。カキィーン。
d0065737_1143259.jpg打球は甲子園並みの広さの練習場の場外。更にその先の白鳥城まで孤を描き城の壁を直撃した。そのシーンを水島新司がどう描くかを想像出来る。

白鳥が羽ばたく様にしなやかに飛んでいく打球。実際ベンチには「飛ばせ!白鳥城の頂まで!」と書かれているかもしれない。

大阪万博の年の夏の甲子園。優勝は我が神奈川の東海大相模。「俺、東海大相模に行く!」クラスでは高校に行って野球をやるやらないに関わらず行きたい高校の筆頭になった。

小学生の私は「だい」と言う響きに「でっかい」をイメージした。

d0065737_11435367.jpg対戦相手だったPL学園のPLも特別な響きに聞こえた。「PLの意味」がクラスで話題になった。「学園」なんて付いているだけでゾクゾクした。

今でこそ高校野球って読んで字の如くでしかないけれど、その頃は出場している高校の名前は何か特別な記号を意味していた。

鉛筆を転がして遊ぶ野球ゲームが流行り、クラスでは連日「熱闘甲子園」が開催されていた。甲子園に登場した高校の中から各自、好きなチームを選んだ。

その高校が何処にあるなんて知りもしないので同一県からの出場もあった。今治西とか銚子商業とか報徳学園とか浪商とか...全てが記号に聞こえた。

d0065737_11441162.jpg中学になるとそれを応用した大相撲ゲームがはやり連日 小田原場所が催された。大相撲の四股名もやはり記号の様に聞こえた様だ。東海大相模が東海大相撲と呼ばれていたと知ったのは近年になって。

柔道をやっていたドカベンが何時の間にか野球をしていた。男どアホウ甲子園。爺さんは孫の出生届けに甲子園と書いてしまったが子供の名に万博と付けたのに通じる。大阪万博の年の夏の優勝校東海大相模。良く似た名前の高校が甲子園に出てきた。

東海の海と東洋の洋、どちらも海を連想させる。エキゾチックな響きの東洋に「でっかい」大..続く姫に柔かさ。様々な意味を連想させる漢字の複合名。全てがドカベンの世界。その年の春の高校野球の行進曲は「世界の国からこんにちは」だったそうだ。
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by banpakutantei | 2012-12-15 14:36 | | Comments(0)