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カウントアップ EXPO70パビリオン公開から 好きな串カツ屋の名に似た33週。   

d0065737_134913.jpgこれは8月終わりの記事。電池事業の部分が欲しくてパナソニックは買収したのでは?テレビや雑誌で大阪万博が取上げられる時、大抵出てくるのがサンヨー館の人間洗濯機ウルトラソニックバス。

私の中ではサンヨーブランドと商品が一番に合致する製品でもある。まさかパナソニックが人間洗濯機を販売したくて買収した訳でも無いだろう。

サンヨーブランド消滅。家の中の家電製品を見渡してみる。冷蔵庫、テレビ、洗濯機、電子レンジ、ステレオ、エアコン、炊飯器、ヘアドライヤー、ヒゲソリ等々....。無い...。一つも...。過去にサンヨー製品を買った記憶も...無い。何故に?

サンヨーを意識して買わなかった訳では無い。むしろ意識すらしていなかったのか?サンヨーブランド消滅どころか我が家にはサンヨーブランドが存在していなかった。

だからサンヨーブランドが消えてしまう事に関し、どうのこうの、ああだこうだ語る立場には無いがサンヨーのウルトラソニックバスの記憶は未来に語り継がれて行くだろう。 
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by banpakutantei | 2010-10-30 13:51 | 万国博 | Comments(0)

カウントアップ EXPO70パビリオン公開から シハ32週。

d0065737_100100.jpg今月20日の新聞のテクニクス消滅を伝えるニュースにテクニクスブランドが未だ残っていた事を知る。

レコードを初めて買ってもらった中学当時、我が家にあったのはSONYのListen5(これも持っていると羨ましがられた人気機種)だったが、頻繁にレコードを買ってもらえた訳でも無く、もっぱらレコードを聴いたのは新しいレコードが頻繁に入る同級生のT君宅だった。

なかなか新しいレコードの買えない私は持っていた数少ない同じレコードを別の意味で擦り減る程、何度も聴いたものだ。

そのT君の愛機がテクニクスだった。T君には年の離れたお姉さんがいたので、それまでとは違ったジャンルの音楽が流れていて、それは読んで字の如くニューミュージックと呼ばれていたが我が家の”折角の”Listen5には相変わらず父親の好む演歌や浪曲が流れていた。

だから、よしだたくろう や 井上陽水のレコード音源を初めて聴いたのもT君のテクニクスだった。T君がテクニクスで擦り減る程聴いていた「ペニーレインでバーボン」や「氷の世界」のレコードをダビングしてもらいListen5のカセットデッキで擦り減る程聴いた。
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by banpakutantei | 2010-10-26 02:14 | | Comments(0)

カウントアップ EXPO70パビリオン公開から ハチシ32週。

d0065737_2152067.jpg今月初旬の日経の片隅では無いけど片隅付近...。

”未来技術遺産に大阪万博の携帯”電気通信館のワイヤレスフォンが認定。

朝のトイレ。どんなにボーっとした頭で読んでいても”万博”の文字には敏感に反応するようだ。

本編の電気通信館はこちら

以前 ワイヤレスフォンを見に行った時のブログはこちら
こちら。と更にこちら。
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by banpakutantei | 2010-10-23 03:13 | 万国博 | Comments(0)

カウントアップ EXPO70パビリオン公開から ちょっと待ってよ もう31週。

d0065737_183815.jpgEXPO70パビリオン公開前のカウントダウンから始まり、31週前からブログタイトルを「カウントアップ EXPO70パビリオン公開から○○週」と続けているのには訳がある。

それは...座右の銘「継続は ちからなり」では無く単に「楽だから...」と言う事に他ならない。タイトルを付けるのは、以外と難しい。何気ないタイトルだけど、内容をギュッと濃縮しなければならない。

元々、長々と書かなければ伝えたい事が、お伝え出来ない故、僅か数文字にそれを表す事が出来ず、本文は出来ているのにタイトルが思い浮かばなくて更新が遅れる事が何度もあった。

タイトルは後付けなので半分ウトウトしながら本文を打ち、「さてタイトルは...」と腕組みをした処で眠りに落ちるのが、ひとつのパターンでもある。パソコンの前で居眠りから醒めたものの保存されないまま消えた本文。

エキサイトの場合、保存機能の様なものが付いていないので翌日、前日書いた物を思い出しながら再び本文を作る。一部思い出せない。腕組みをして、その日も眠りに落ちる。間が空く。それを楽にしてくれたのがタイトルのワンパターン化でもある。

で「楽だから...」とカウントアップをどこまで続けるか?楽して生きていたいのに楽して生きていて良いのか?と自問してみる。どこかで節目はないか?そうだ30週位を節目としてみるか。と考えていた処30週目の更新を怠ってしまい31週になってしまったので、長々書いてしまったけど、もう暫くは楽な方で行く事にした。

それで大阪に来たのは31週間ぶり。31週前、大阪に来た時の写真を探してみた。新世界に来ていたのは確認出来たけど、此処には来ていなかった。だから31週前の此処がどんな様子だったのか解らない。見た限り工事は昨日今日始まったばかりでもなさそうに見える。

通天閣に飛んでっちゃいそうな名物デルビス・ザ・コースターを有したフェスティバルゲートの解体が進んでいた。新世界の賑わいが、すぐそこにあるのに、ガランとしたままの空間。いつか再開したら”デルビスの頂き”からの一瞬の通天閣をカシャって撮りたかったけど、そのレールは既に途切れていた。

10年10月10日のフェスティバルゲート解体の様子はこちら

以前デルビス・ザ・コースターに乗った時のブログはこちら
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by banpakutantei | 2010-10-19 02:30 | 万国博 | Comments(4)

カウントアップ EXPO70パビリオン公開から30週を書けぬまま31週へ。

d0065737_11464974.jpg好きなおもちゃを集めて、展示して、貸し出して、鑑定して講演して、サイン会して、ボートハウスとプール付きの家に住んでいらっしゃる、おもちゃコレクター北原照久さん。

「見た目程、そんなに楽な商売でも無いんだよ。趣味と実益と言ったって」と言われるかも知れないけど羨ましいなって思っている人は私を含め世の中に結構いるのではないかと思う。

数年前の新宿高島屋の大阪万博展で北原さんの講演を聴いた。途中 私の席の傍にいた健康的でなさそうな色黒さの経済評論家 森永 卓郎さんも飛び入りで参加した楽しいトークショーだった。

話の内容の殆どは既に忘れてしまったが「趣味と実益を兼ねたバランスの良い人生設計」ではなく「夢をかなえる方法」の幾つかをお話してくれたんだと思う。

下のHANEDA HISTORYの写真展示の傍には北原コレクションと言うコーナーもあり、様々なおもちゃがテーマ別に展示してあった。その中の一つに力道山のコーナーがあった。プロレスを見始めた頃、力道山は既にいなかったが後に見たプロレス誌には羽田空港に写る力道山やガイジンレスラーの写真が沢山あった。

当時は未だ外国とは特別な場所を指す。羽田では海外遠征に出発する力道山や来日したガイジンレスラーの取材が頻繁に行われ空港内で記者会見も行われていた。来日したレスラーと出迎える力道山。これから戦う者同士の構図としては少しおかしいが、興行のアオリとしたら羽田は絶好の場所でだったのだろう。

タイガーマスクにも羽田空港のシーンが沢山描かれている。タイガーの刺客は飛行機に乗って大抵タラップから降りて登場する。外国と言う異次元空間からやって来た強者たち。遠足で訪れた時は、「おおタイガーマスクの展望デッキ!」と感動した。

現在は搭乗橋が使われる場合が多いが、総理大臣が海外へ行ったり帰ってきたりする時はタラップの場合が多い。降りてすぐに車に乗れる意味もあるのだろうけどテレビ映りとしても見栄えが良いからなのだろうか?


力道山とタイガーマスクの羽田登場シーンはこちら
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by banpakutantei | 2010-10-17 02:21 | 万国博 | Comments(0)

カウントアップ EXPO70ホール公開から あれよあれよの29週。

d0065737_15382549.jpg羽田にあった写真もう1枚。大阪万博に行ったのと小学校の遠足で羽田空港に初めて行ったのは大体、同じ様な年代だったのではないかと思う。

ジャンボジェットが就航しテレビでアテンションプリーズを見ていたのも多分同じ様な時期だった様な気がする。

今ではキャビンアテンダントとも呼ばれているスチュアーデスって職業があったのも知らなかった。ドラマによってスチュアーデスって職業が本当に特別な職業ってイメージを植えつけられていた。

当時、我が家の先陣を切って婆さんが万博行きを果たした云々と何度か書いているが、やはり我が家で最初に飛行機に乗ったのも婆さんだった。

飛行機に乗るために羽田に初めて行ったのは、飛行機を見るために羽田に行った頃から7~8年後だった。飛行機は乗るものでは無く、見るものだと思っていた。次の遠足が羽田空港だと知った時の嬉しさは、万博に行けるのを知った時と同じ位だったのかも知れない。飛行機とは「いつか乗れたら、いいなぁ」って乗り物」だった。

展望デッキには写真屋さんがいてジャンボジェットの前でクラスの集合写真を撮ったけど、停まっている時間に合わせて行ったのかどうか解らない。飛行機を見た後は当然お土産を買った。当時の、この場所の現在地が何処か解らないけど、その土産売り場は写真の様な感じで、ジャンボジェットのメダルを買った。

ビッグでもジャイアントでもない大きな固有名詞に付けられたジャンボと言う形容詞。今ではジャンボタクシーやジャンボフランク、年末ジャンボ位しか思い浮かばないジャンボ。その冠を付けたプロレスラー、ジャンボ鶴田。

鶴田ファンでなくてもプロレスファンの中では最強と認められていた不世出の天才レスラーが亡くなってから早10年。生きていたら彼は今、プロレスをどう語るのだろうか?

ジャンボ鶴田の論文はこちら
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by banpakutantei | 2010-10-03 21:16 | 万国博 | Comments(0)