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カウントアップ EXPO70パビリオン公開から15週と数日。

d0065737_2355991.jpg本日、日本決勝トーナメント一回戦。ワールドカップ便乗第四弾。に...トルコ....。は今大会出ていない。が日韓ワールドカップ決勝トーナメント一回戦で日本を負かした国。つながり。 

子供の頃、家族でドライブ中インターチェンジ付近に乱立するモーテル群を見て「お父さんあれ何?お城みたいな建物。凄いなぁ、綺麗だなぁ、あそこに泊まりたいなぁ」って言っていたのは大阪万博に行った頃と大体似た様な時期だったんじゃないかと思う。

お城や船の形をした、きらびやかなモーテル群と万博のパビリオンが同じ様に見えたのかも知れない。まさに夜の万国博。モーテルも今では死語となっている。

あまりしつこく訊くと「うるさい。黙って景色でも見ていろ。」って答えが返ってきた気もする。黙って見ていた景色にパビリオンの様な建物が見えたので訊いただけなのに...。

「お母さん トルコって何?ト・ル・コ」「トルコとサウナは何処が違うの?早く 大人になってトルコ風呂ってとこに行ってみたいなぁ。」母親はあと一回「トルコ」って言ったら意味無く殴りそうな気配でもあった。大人になってしばらく経つとトルコはトルコで無くなった。

薄っすらと残るアジアとヨーロッパの境にある共和国の名と同一のカタカナ三文字。貴重と呼んで良いのか解らないけど、残存数僅かの昭和の名残は未だ大阪心斎橋付近で確認出来る。

大阪万博にトルコはRCD館としてイラン、パキスタンとの3国の地域開発共同体で出展していた。このパビリオンに入るといっぺんに3つの記念スタンプが押せた筈なのに私のスタンプ帳には何故かイランしか押されていない。RCD館の記憶も全く無い。

テレビドラマに映る昭和の名残はこちら
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by banpakutantei | 2010-06-29 03:29 | 万国博 | Comments(2)

カウントアップ EXPO70ホール公開から、もうすぐ15週間。

d0065737_0381340.jpgサッカーワールドカップ協賛。いや便乗第三弾。本日のテレビも昨日朝から日本対デンマーク戦のあおりVだらけ。既に30時間以上前から始まったカウントダウンもあと僅か。そんな時間に、こんなブログを書いているので多分、起きていられないだろう。

前試合に引き続き、運命のキックオフと聞いて、ふと思ったが、最近は”運命のゴング”が鳴るゾクゾクする格闘技戦にお目にかかれていない。

大阪万博デンマークと言えば当然、北欧五カ国が参加したスカンジナビア館が思い浮かぶ。約六年前、北海道石狩に移築され、その後解体され何も残っていない(様に見えた)テニスコートとなっていたスカンジナビア館。

何も解らなかったスカンジナビア館の、その後は様々な方の御好意で、幻の姿の一部を知ることが出来た思い入れの深いパビリオン。「幻のスカンジナビア館~PART3」は今年中には公開する事が出来るかも知れない。

何も残っていない様に見えたテニスコートから少し離れた場所からは近年、そのパビリオンの意匠を代表するカケラが発掘された。移築されたパビリオンの図面も発見されたが石狩湾に深く沈んだ。上海万博ではスカンジナビアとしてでは無く、デンマーク館として出展しているらしい。有名な「人魚姫」像も国外に初めて出たそうだ。

あおりVのおかげで、デンマークと言う国についても少し学んだ。レゴブロックはデンマークの玩具会社製。だと言う事も。レゴで作った万博会場。果たして可能だろうか?そして、ロイヤルコペンハーゲンもデンマーク。家に数枚あるイヤープレート。その大阪万博開催年のデザインは猫。正式名は「クリスマス・ローズと猫」で勿論、何処か北欧の国が舞台なのだろうが、パッと見、どうみても日本の民家の縁側にいる猫にしか見えない。

と書いてきた処で、あと約1時間と15分位。眠さが限界。結果は多分、朝のニュースで知る事となるだろう。そう言えば4年前も耐え切れず寝てしまったのだ。便乗ブログが続くかどうかは、今日の試合次第。

4年前の今頃を書いたブログはこちら。とリンクを貼り 同じ様に便乗していた事を知ると共に何も成長していない事を認識する。成長はしていないけど確実に老化はしている。

「幻のスカンジナビア館」はこちら。   そのPART2は、こちら
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by banpakutantei | 2010-06-25 02:07 | 万国博 | Comments(0)

カウントアップ EXPO70ホール公開から14週間。

d0065737_1751353.jpgサッカーワールドカップ便乗。南アフリカにはサッカーファンが「世界の国からこんにちは」している。

EXPO70ホール公開からカウントアップを続けているがテレビでは今夜の日本VSオランダのカウントダウンが続いている。朝から続く運命のキックオフへのあおりV。前試合で取った1点の場面が100点分位の量、流されている。

ワールドカップ便乗ではあるが、オランダについては..さて...。大体、開催当時オランダ館は、あまりカッコ良いとは思わなかったのだ。

子供には洗練されすぎたデザイン。今改めて見てみると結構カッコ良く見える。そんなオランダ館が描かれたTシャツが07年のマニアエキスポで販売されていた。

万博当時のものではなく、新たにデザインされたものだけど、大阪万博のパビリオンがデザインされたTシャツはなかなか無い。EXPO70 OSAKAの文字がカッコいい。本日オランダ館のTシャツを着て日本を応援する方はいらっしゃるか?

今でこそTシャツは夏の必需品だけど、40年前の日本では未だ下着の認識が強かったんじゃないかと思う。その数年後、高校に行きだした頃、急速に普及してきて色々なデザインのTシャツが店に並ぶようになった気がする。

当時「リバイスジャステスリバイスジーンズ」って私の耳には聴こえた曲に合わせリーバイスのロゴが入ったTシャツを着た女性が踊るCMが流れていた。今ではそうは思わないけど、そのTシャツが凄くカッコ見えて欲しくて、やっと見つけ購入した。

欲しかったリーバイスのロゴ入りTシャツ。確かアメリカ製だったと思う。Tシャツの本場はアメリカ。一度着て洗濯し、二度目に袖を通した時の事だった...「えっ?」嗚呼...。何と襟は伸び、袖は広がり....一度の洗濯で5シーズン位着た感じになってしまった。洗濯の仕方が悪かった訳では無いと思う。 

その後、そのTシャツを着る事はなかった。当時よく読んでいた雑誌ポパイでは多少、Tシャツは伸びていた方がカッコ良いなどと書いてあった。しかし、このTシャツの伸びようは明らかに粗悪品...。あの頃はそんな一度で伸びてしまうTシャツが良く売っていた。本場アメリカ製よりも日本製の方が伸びなかった。それに多少伸びていても似合うのはアメリカの人では無いか。

大阪万博オランダ館は こんなパビリオン
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by banpakutantei | 2010-06-19 21:18 | 万国博 | Comments(0)

カウントアップ EXPO70ホール公開から13週間と数日。

d0065737_135718.jpgサッカーワールドカップ南アフリカ大会。出場各国の名前から大阪万博のパビリオンを思い浮かべる悲しい性。中央アフリカは万博に出展していたが南アフリカは確か出ていなかった筈。一応、「日本万国博覧会公式ガイド」で確認してみる。

6400万人の入場を記録した大阪万博。100人に一冊売れても64万部。何となくこの公式ガイドはベストセラーだったのではないかと”1970年 ベストセラー”と検索してみたらやはり...。

一位が”日本万国博公式ガイドマップ 講談社編 日本万国博覧会協会 ”で二位が ”日本万国博公式ガイド 電通編 日本万国博覧会協会 ”。万博関連が1.2位を占めていた。

しかも、この二冊はベストセラーでもあるがミリオンセラーでもあったらしい。検索していただければ、1970年のベスト10が解るが、ちなみに第三位は”冠婚葬祭入門”で第八位は”続 冠婚葬祭入門”だった。

テレビではポルトガルvsコートジボアール戦が放映されている。”コートジボアール”。大阪万博ファンには"象牙海岸”の方がお馴染みだろう。大阪万博には象牙海岸で出展したコートジボアール。象牙海岸”館”でもなくコートジボアール館でもなく、只”象牙海岸”。象の牙。子供には意味の解らなかった象牙海岸。

「象牙海岸とはフランス語でコートジボアール。英語ではアイボリーコーストと言います。魅力的なこの国の名は1475年にこの地を訪れたポルトガル人が名付けたものです。この国はフランスの植民地でしたが1960年に独立しました。」とミリオンセラー万博公式ガイドには書いてある。

独立50周年を迎えるコートジボアール。そしてこの国に名を付けたポルトガルが対戦している。公式ガイド...勉強になります。
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by banpakutantei | 2010-06-17 02:29 | 万国博 | Comments(0)

カウントアップ EXPO70パビリオン公開から 12週間。

d0065737_12213215.jpg今日買った本リターンズ。1985年の年末、両国国技館。新日のリングに戻った前田日明は「1年半UWFとしてやってきたことが何であるか確かめに来ました。」とマイクを握った。「帰って来てくれたかマエダァ。」これから繰り広げられるであろう新日とUWF勢の戦いに胸おどらせたものだ。

前年、現在の両国国技館が完成し、この年こけら落としが行われた両国元年とも言える年。大阪万博から15年の年。あれからもう25年も経ってしまった。

ところどころ穴の空いたオブラートに包まれたプロレスの仕組みは公けにされ、墓場まで持って行って欲しかった話は暴露され書籍となり、それを読んでいる私がいる。

何故に?...。それは会場やテレビでかじりついて見てきた熱き戦いが何であったかを確かめる為.....なのでは無いかと思う。それらを買ってしまう私を含む方々は多分、現在のファンでは無く、当時のファンなのでは無いかと思う。

そして今...旧UWF、新UWFの戦いが何であったか?猪木が、ひょんな処から産み落とした第1次UWF。それがまさかの日本の総合格闘技の礎となった第2次UWF.....「UWFの栄光と挫折」。それが何であったかを確かめるべく読んでいるのが写真の「UWF戦史」全2巻。

全約1300ページのボリューム。ここに新旧UWFとそれを取巻く当時のプロレス界の動きが集約されている。1300ページの厚さは、これ位。ベストセラー”1Q84 1&2”よりも少し厚いと思われるが”1Q84”は読んでいない。

実は”1Q84”の事を”IQ84”だと思っていた。1Q84は第1次UWFが旗揚げした丁度同年1984年を意味するらしい。知能指数84と勘違いしていた。確かに昔、知能指数試験を受けた記憶がある。で私の知能指数が、いくつだったのか覚えていないけど、そんなに高くは無かった事だけは確かだ。
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by banpakutantei | 2010-06-06 14:16 | 今日買った本。 | Comments(0)