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カウントダウン EXPO70パビリオン公開まで あと13日と数時間。

d0065737_114136100.jpg”DEEP”&”珍”スポットとして多くのサイトで紹介されている石切神社とその参道。そのDEEP度&珍度を測定すればDE”EEE”EP。”E”三つの”珍珍珍”珍三つ位。幾つが最高か決めていないけど。

参道の至る処で見かける阪本の文字。それは精力剤で財を築いた阪本昌胤と言う方の事。精力剤にちなんでなのか石切大天狗さんも奉られている。この大仏さんも阪本さんが建立した。

「個人の生命は短く 民族の歴史は永い」「交通事故防止 道路敷地 土地時価約壱億円 東大阪市へ個人寄付 」「日本国天皇御訪欧記念 金三阡萬園 個人寄付」など、力強いフォントで刻まれた石碑がこれでもかと並んでいる。

これら石碑の写真は数多くUPされているが、その中で注目されない石碑。それが石切大仏前の一本。今回一番私が反応した石碑。そこに刻まれた文字。日常生活で自然と反応してしまう漢字七文字。続く文字が違っても日本と来ただけで反応してしまう文字の力。 日本万国博覧会。

石碑には「日本万国博覧会 明治百年記念事業 金貳阡萬園 個人寄付」とある。阪本昌胤さんは万博の際 大阪府に2千万円寄付をしたのだそうだ。40年前の2千万円は現在の数倍の価値がある。小さなパビリオン位建ちそうな金額だ。さてこの2千万円は万博の際、どの様に使われたのだろうか?

寄付をした事自体を石碑に刻むなどからして、多分自己顕示欲が強かったお方だったのでは?と想像してしまうが、その偉業を物として残したかったのではないだろうか?

例えば現在も会場跡に僅かに残る照明器具の柱には寄贈された企業の名前などの銘板(プレート)が付いていたりする。会場施設に阪本昌胤さんの寄付によるものがあったのだろうか?あったとすれば必ず銘板を付けさせた筈だ。太く力強く刻まれた”阪本”銘板の付けられた物体。一体それは何だったのだろう?阪本銘板。非常に気になる。

その参道の様子を羅列してみた。→こちら

湖底が現れた夢の池と万博噴水画像は→こちら

以前の万博が刻まれた石碑のブログは→こちら
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by banpakutantei | 2010-02-28 14:48 | 万国博 | Comments(2)

カウントダウン エキスポ70パビリオン公開まで あと14日と数時間。

d0065737_227524.jpgエキスポ70パビリオン公開までのカウントダウン。前回早くもと言うかいつもの通りと言うか恒例の一休みが入ってしまったが、画像の”ちょっと一休みうさぎ”の看板があったのは東大阪 石切神社参道。

”ちょっと一休みうさぎ”と万博がどう関連しているのか?関連は...していない。”今日はもう眠いなぁ、文も浮かんでこないし...”と膨大な画像をパラパラとめくっていたら 出てきたのがこのうさぎ。うさぎと亀の競争でも休んでいたうさぎ。”ちょっと一休みしていけよ”の誘いに誘われた。

”なぁにほんのちょっと一休みだよ”。甘い誘惑でもある。それがいつも一休みが二休み、三休みとなって行くのである。14休みくらいはすぐ経ってしまう。

”珍”&”ディープ”なスポットとして、検索してみれば紹介しているサイトが幾つもある石切神社。その参道の途中にあるのが”日本で三番目”石切大仏。

この大仏さんも当然、紹介されているが数箇所巡ってみた処、大仏さんの大切な部分が紹介されているサイトに巡り合わなかったので載せてみる。それは...カウントダウン13日と数時間前に...。
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by banpakutantei | 2010-02-27 15:56 | 万国博 | Comments(0)

カウントダウン エキスポ70パビリオン公開まで あと15日と数時間。

d0065737_820154.jpgおっと。又いつものパターンか?
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by banpakutantei | 2010-02-26 08:17 | 万国博 | Comments(0)

カウントダウン エキスポ70パビリオン公開まで あと16日と数時間。

d0065737_122653.jpg万博公園内、夢の池は昨年から水が抜かれ普段は水中に隠れている”根っこ”の部分が姿を現している。池の水位が下がる傾向にあり池底のヘドロを取り除いた後、調査を行うのだそうだ。

水が抜かれ根っこが見えた風景はまさに”シュール”。夢の池には今、万博開幕前の会場建設時の風景が蘇っている。

イサムノグチの彫刻噴水群には個々に名前があり、例えば真ん中の万博の噴水と言えばこれ。下から大量の水を噴出しながら、あたかも宙に浮いているかの如く立っていたオレンジの柱のものはL1-A型(彗星)なんて名前が付いている。その水しぶきはあたかも彗星の尾っぽの様でもあった。

他にもL1-D型(星雲)、とか L1-B(コロナ)など噴水のテーマである”宇宙の夢”にちなんだ名前が付いているが、それをクイズにされても殆ど答える事は出来ない。私の場合はこれらを万博1号とか万博2号、3号と呼んでいる。何か伝説の南極1号をイメージしてしまうネーミングではあるが。

この調査に何か大きなサプライズが隠されているのではと期待の勘ぐりをしてしまう。それは、万博40周年に合わせての噴水の復活。水を抜き”根っこ”の部分の改修でもしているのではないだろうか?万博終了後も噴水は水を出していたとの話も聞く。

鉄鋼館 エキスポ70パビリオンで行われる記念式典。何かの合図に合わせ突如水を噴出す噴水群。「おぉ...」蘇るあの日の風景、湧き上がる歓声。しかし噴水L1-A型(彗星)叉の名を万博1号がヘドロを噴出しながら宙に上がったら...2号、3号がヘドロを飛び散らかしたら...。そんな訳で一旦、水を抜いて調査しているのでは?と期待の勘ぐりをしている。
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by banpakutantei | 2010-02-25 03:36 | 万国博 | Comments(6)

カウントダウン エキスポ70パビリオン公開まで あと17日と数時間。

d0065737_1465629.jpg鉄鋼館の入口ドアが自動に変わっているのに気が付いたのはエキスポ70ホール公開まであと20日と数時間前の事だったがカメラがそれを捉えていたのは、その日からさかのぼること約130日と数時間前と気が付いたのは先程の事。

他の画像を探していて気が付いた。「あれっ、この時既に自動じゃないか」それは2009秋のイベント エキスポ×エキスポの時だった。らしい。

この時入口は開放されたままだった。撮影していたのに全く気が付かなかった。とりあえず看板を撮っておこうと、とりあえずシャッターを押した。

この”とりあえず”な行為が目の前にある真実を見えなくしている。とりあえずビール、とりあえず乾杯。とりあえず次サワー。何故に、とりあえずなのか?

デジカメになりフィルムが必要無くなった為、何でもかんでも”とりあえず”撮ってみる。12枚撮りの、24枚撮りの、36枚撮りの貴重な一枚。12分の1、24分の1、36分の1 1枚1枚に心を込めシャッターを押すと言う行為が、1枚1枚 風景を切り取ると言う行為が...そのひと押しが道となり、そのひと押しが道となると言う行為が...膨大な画像ファイルを作り出していく。

いつか使おうと思っていたあの1枚。あの時撮った筈のあの風景。あの景色。あの物体。探しているあの画像が見つからない。埋もれた画像。今回も埋もれて行くであろう画像を350枚くらい撮影していた。コメントを付けないでアップしていけばブログも毎日更新出来る。と思う。がこのカウントダウンを続けられるのか?
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by banpakutantei | 2010-02-24 02:29 | 万国博 | Comments(0)

カウントダウン エキスポ70パビリオン公開まで あと18日と数時間。

d0065737_1342777.jpgいよいよ万博者が待ちわびるエキスポ70パビリオン公開まであと18日と数時間となって来たが公開前の鉄鋼館の様子はどうなっているのか?

カウントダウンに入ったその様子を公開まであと20日と数時間前に見に行ってみた。

それを全部レポートしてしまうのも何なので...それはパビリオン公開後。と言う事で...はあるけれど、結構お金がかかっているのが確認出来た。出来るだけオリジナルのままでと言う意味では、それが良いのか悪いのか解らない。

とりあえず40年前へタイムスリップさせてくれるだろう入口が自動ドアに変わっていた。
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by banpakutantei | 2010-02-23 02:39 | 万国博 | Comments(0)

今日届いた本。品格と風格。

d0065737_16503746.jpg猪木がWWFのプロレス殿堂入りし、元NWAチャンピオン ジャックブリスコの訃報が届き、ゴングを出版していた日本スポーツ出版社が破綻、大仁田が長崎知事選に立候補し、朝青龍が引退...。

とアマゾンから、この本が届いたプロレス及び角界で様々な事があった先週の週末。連日ワイドショーで”朝青龍に物申したい人々”もお役御免となる。

横綱の品格に対してコメントしていた曙太郎さんは両耳にピアスを付けたまま出演していた。もう一人角界の太郎さん。元朝潮太郎の高砂親方が現役の頃、場所中の夜遅く銀座でお会いした事がある。

「テリーが左のパンチィ もう一発左ィ」「アブドラザブッチャーのギザギザの額からダラダラと流れる血」「冷静沈着ドリーファンクジュニア」の実況で御馴染みだった倉持さんの著書「マイクは死んでも離さない」。パラパラとめくってみれば懐かしの全日本プロレス中継が蘇ってくる。

倉持さんが日テレのアナウンサーとしてプロレス中継に携わったのがジャックブリスコVSジャイアント馬場の勝利者インタビューだった。第48代NWA世界ヘビー級チャンピオン ブリスコの訃報。ブリスコ最後の来日の対戦相手は殿堂入りしたアントニオ猪木。これも何かの因縁か?

馬場のジャンピングネックブリーカードロップが綺麗に決まったベスト3はジャックブリスコ戦、ビルロビンソン戦、大木金太郎戦だろう。中でも馬場の名勝負が放映される時 必ず出てくるのが日本人初のNWA王者となったブリスコ戦。

NWA王者は相撲で言う東の正横綱。横綱には「品格」が求められるがNWA王者には「風格」が求められた。NWAが真のNWAであった黄金期。当時セントルイスにあったNWA総本部をホワイトハウスの様な白亜の殿堂を想像していた。マジソンスクェアガーデンと並びセントルイスキールオーデトリアムで行われるNWA世界戦を見るのが夢だった。

NWAと言う3文字のアルファベットにはそんな幻想を抱かせるものがあったが、ゴング誌が「これが世界の最高峰NWA本部!」とレポートする事は無かった。「NWA本部と言ったって小さな事務所があるだけ。」なんて話を聞く事になるのはもっと大人になってから。

馬場 ブリスコ戦の印象的な場面が、馬場が勝った時のセコンド陣の喜び方の凄さ。そのセコンド陣の喜び方にリアルを感じてしまう点。何故に?

馬場が1週間だけチャンピオンとなる事は決まっていた筈。予定通り、ブリスコの帰国時には取り返されてしまう。

一週間とは言え、当時のNWAチャンピオンになるのは凄い事だった。反面、馬場がチャンピオンとなったのに実況は淡々としていた。「馬場 勝ちました。(淡々)」。「ば 馬場が か勝ったぁぁぁ」現在では絶叫する場面だ。

約30年前の5月。超満員札止めの後楽園ホールで行われたヒール対決、ブッチャー対シーク。「品格」の真逆に位置する二人の「風格」。異様な熱気に後楽園ホールは揺れた。

場外乱闘の際シークに襲われ額を15針も縫う傷を負った倉持さん。「マイクは死んでも離さない」。ザ・シークが倉持さんを睨んでいるこの本の表紙はその直前。

「あまりに凄惨すぎる」と長い間 放映がお蔵入りとなったこの試合。その後大分経って放映された時の問題のシーンは確か画面が静止画か何かにすり替り、倉持さんの「あっ あっ」て声だけが流れていた様な記憶がある。

本書ではこの時シークが「じっとしていろ。」と言って隠し持ったガラスの様なものでサッと切った。と書かれている。二人が血だらけの試合が掲載されたゴング誌。そのシーンの後方には当時の私が写っている。

今度はブリスコか...。最近レスラーの訃報を聞く事が多い。その年齢は...何故か殆どが長生きしていない。本書のサブタイトル”全日本プロレス実況黄金の18年。”馬場、鶴田、三沢タイガー、ブロディ...最後の実況をしたゴディ&スティーブウイリアムスなどなど沢山の名レスラー達。そしてザ・シーク。

倉持さんの実況したレスラーは沢山いなくなってしまった。実況の名コンビ 解説の山田さんも既に他界されている。テリーファンクとブッチャーだけが未だ現役で「レスラーは不死身」を体現している。

前回の朝青龍問題についてのブログはこちら

プロレス宝物館 ザ・シークと幻のNWA本部については こちら
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by banpakutantei | 2010-02-07 16:58 | 今日買った本。 | Comments(0)