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都のジョー。

d0065737_1145958.jpg先日 宮崎研修旅行の出来事...宮崎は昔の新婚旅行のメッカ。今宮崎と言えば、宮崎の各名所よりも宮崎県庁であり我々を含め観光客が大挙して押し寄せていた。

庁舎内で知事を見る事が出来たが、ガイドさんによれば、その確率は想像以上に低いらしい。歴史ある庁舎も見方を変えればマイアミの建築物の雰囲気がした。

しかし宮崎と言えばやはり日南海岸。バスで隣に座ったWさんは”巨人の星”に於ける宮崎日南海岸での星飛雄馬と美奈さんの純愛を熱く語ってくれた。

調べてみれば、あれは1969年2月。大阪万博一年前の出来事であったらしい。日南海岸に飛雄馬と美奈さんの記念碑でも建っていないだろうか?建っていなければ建てるべきではないか。と意見が一致した。

同じく昔の新婚旅行のメッカでもある熱海海岸の前に建つ貫一お宮像の様な文学碑的なものになっていただろう。日南海岸からは幻の巨人の星も見えたらしい。

翌日、散会となった後、私が都城に行く予定だと知ると、Wさんはすかさず「都城...飛雄馬が二軍行きを告げられたキャンプ地だ。」”巨人の星再放送世代”のWさんは相当な”巨人の星”通であった。

飛雄馬の都城二軍キャンプの出来事をよどみ無く話してくれた。飛雄馬の瞳にメラメラと炎が燃え上がった良いところで”また来週”となり、ため息をついたリアル体験者よりも月から金まで毎日、見る事が出来た再放送世代の方が羨ましい。

奇しくも今回の旅は”巨人の星名所めぐり九州編”の様相を呈してきたが私が行きたかったのは”都のジョー”市民会館。”都のジョー”。なんてカッコ良い名前なんだ。万博バカ一代、巨人の星、都のジョー 梶原一騎作品ばかりでは無いか。

偶然にも先日 神田神保町 書泉ブックマート地下プロレスコーナーで”梶原一騎伝 夕やけを見ていた男”を購入したばかりだ。"地下プロレス"...独特の響きがあるが..地下にあるプロレス本のコーナーを指す。ここも最近はカミングアウト本が多く並ぶ。カミングアウト本を手にとっては、思い出の名勝負の裏側を点と線でつなげ葬って行く。 

都城市民会館。数々の建築サイトで紹介されている菊竹清則氏の建築物件のひとつ。例えば。菊竹さんの建築物の中でこの建物も消失の危機に瀕していたが保存運動が実りそれを脱した。但し市民アンケートでは驚きの83%もの解体賛成の結果となったそうだ。建物が解体される時、仮に保存運動が起こっても保存の方向に動く事は少ない。いつか宮崎に行く機会があっても多分解体された後だろうなぁと思っていた。宮崎市内から電車で約一時間。西都城駅は想像以上に静かな駅だった。ホームからも既に見える街並みに異質なその姿。

1966年竣工って事は大阪万博エキスポタワーよりも更に昔。建設当時は”変な建物”どころの言われ方以上の建物だったのでは無いかと思う。そんな昔にこんな建築をした菊竹さんって凄いと感じた。既に40年以上経っている建物だが目に入ってくるインパクトに古臭さは全く感じさせない。しかし念願かなって建物の下に来た時、初めてその時代を感じた。

それは紛れも無く昭和40年代の建物だった。封鎖された建物には「アスベスト除去工事中」の看板が立っていた。一旦は取壊される判決の降りた建物は昭和の異物を除去し未来へ受け継ぐ行為の最中だった。

ちなみに前述の”巨人の星マニア”のWさんが、この旅行に携帯して来た宮崎のガイドブックは昭和40年代のものだった。

「いやぁ たまたま家にあったので持って来たのですが、こうして当時のガイドブックと照らし合わせて旅行するのも面白いですねぇ。おっ今日泊まるホテルも出ていますね。って事は..昭和の香りが漂っている可能性大ですね。って言うか○○観光ホテル。って言う名前に既に昭和を感じますね。」

確かに...。観光ホテル...観光とホテルを組み合わせた名前は昭和30~40年代を感じさせる。私達が宿泊したスパを併設した新館はWさんが持ってきたガイドブックには載っていなかった。

昭和昭和と言いながらも実際に宿泊するのは綺麗で快適な新しい部屋が好みだったりもするので、それはそれで良かったりもした。梅雨の中のピーカンの青空。都のジョーを後に鹿児島に向う。その先の目的地は..また次回。
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by banpakutantei | 2008-07-20 03:23 | 万国博 | Comments(10)