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07 マニアエキスポ。現存するパビリオンで懐かしのスタンプを押す。

d0065737_12405612.jpgマニアエキスポ会場ではスタンプコーナーが設けられ懐かしのスタンプが幾つか用意されていた。何気無く押されている方が多かったと思うが実はこれは、凄い事だと勝手に思っていた。

何が凄いのかと言うと ここ鉄鋼館でスタンプを押すという行為は 大阪万博のパビリオン内でスタンプを押しているという事に他ならない。”37年前の夢を拾う”。”バコッ”と押された印影の向こう側には37年前の景色が押された筈だ。

丁度、売店では当時の無地のスタンプ帳も販売されており、それに押している人も沢山いた。私も当時”エキスポン”なる商品を会場で買ってもらった。

スタンプ帳とサイン帳が各一冊ずつセットになった商品で、商品名の”エキスポン”がエキスポと何と言う言葉を掛け合わせた商品名かは定かでない。

まさか スタンプをポンと押す感じのポンなのだろうか?愛知万博のスタンプは大方シャチハタの小さい物ばかりで”ポン”って感じだったが、大阪万博の物は大きく 押すイメージ音は”バコッ”だと思う。

サイン帳には”万国博に来た世界の人とお友達になりましょう。世界各国の人のサインを集めましょう。”、そうやって集めたサイン帳...”それが世界に只ひとつ、あなただけの日本万国博覧会の思い出の品となり、一生の宝物となるでしょう。”といったニュアンスの説明が書かれていた。

”世界の人”は当時の日本人からしてみたら”宇宙人”くらいの遠く離れた存在。でも”世界の”と”人”の間に”普通”が入っていない。万国博に来た”世界の普通の人”。結局スタンプ帳は入ったパビリオンのスタンプで埋められているが、サイン帳は白紙ままだった。

もしあの時「サイン、サイン」と貰ったとしたら...万国博に来た異国の普通の人達のサイン。そこに書かれた異国の文字。達筆だろうが、へたくそだろうが、何と書いてあるのか解ろうが、解るまいが、何かの暗号に感じた事だろう。

各パビリオンはデザインに趣向を凝らせたスタンプを置いていた。考えてみれば全てのパビリオンにスタンプを置こうと企画した人は偉い。一体どの様な経緯で実現したのだろう。そのスタンプは消耗度が激しいので、何度か作り変えられたそうで時期によっては、デザインの全く違うものが存在する。

デザインの変化の記録も無さそうだし、どの様な方がそのデザインに関わっていたのだろう。土産として既に同じデザインのものが押されたスタンプ帳も販売されていたので、早い段階からスタンプ帳業者と準備していたのだろうか。(ブログ用に撮影した)写真に写るスタンプ印は多くの万博スタンプのデザインの中で最も洒落ていると思う一時期の中央アフリカのもの。

エキスポンはあまり売れなかったのか、それとも説明にある”世界で只ひとつ一生の思い出の品”となった為、皆んな、放出しなのかヤフオクでもあまり見た事が無い。実物を本サイトに載せてみた。鉄鋼館で押す記念スタンプ。37年前、鉄鋼館の記念スタンプってこのパビリオンのどこに置いてあったのだろう?
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by banpakutantei | 2007-10-27 15:38 | 万国博 | Comments(3)

07 マニアエキスポ。カナダ館のカケラ。

d0065737_23471320.jpgにぎやかに開かれ、あっけなく終わってしまった07マニアエキスポ。沢山の展示品は跡形も無く片付けられ、がらんとした鉄鋼館ホワイエは元の静寂を取り戻しひっそりとしている。筈だ。

今回のマニアエキスポで最も印象に残ったのがカナダ館のミラーのカケラ。まさか出会えるなんて... 隣に”万国博 夢の跡 破壊される万国博会場”と題したアサヒグラフを置くところが良い。

そう言えば私が行った時は気が付かなかったが幻の映像”ツリーの最後”と”嗚呼消え行く万国博”が流されたらしい。あれを初めて見た時の衝撃と言ったら...

d0065737_18394590.jpgスイス館のツリーの一部は以前、万国博記念館に展示してあったそうだが現在は奥の奥の奥に収蔵されたまま出番が来るのを待っている。次回あたり、どうか?ちなみにあとの二つは太陽の塔”生命の樹”とブリティシュコロンビア館の”モミの木”。以前行った鶴見緑地に残るもう一本が本当に神木となっていたのには驚いた。

”許可を得、会場跡に入り今は動かない”動く歩道”を歩いて行くと、いくつもの巨大なクレーンからぶら下げられた鉄球が(パビリオンの)壁面に挑んでいた。”

と、瓦礫の山となりつつある万国博の風景を報じる。その表紙の写真がカナダ館の割れたミラー。写真のミラー下方には停まった”動く歩道”と思われるものが反射している。


d0065737_16394497.jpg表面を鏡で覆われたカナダ館は、やたら太陽光線を反射する”光害”を放っていたそうだ。

パビリオンの真ん中に立っていた円盤の美しい鏡は数々の万博本の表紙を飾っている。どの様に採取されたのかは聴きそびれたが多分、解体に携わった方が拾ってきて保存しておいたのだろう。

今回、鉄鋼館の天井を映すミラー。37年前は、まばゆいばかりの会場風景を反射させた。そこに映っていたのはオーストラリア館?ドイツ館?フランス館?それともケベック?

解ったサンヨー館だな。こんな小さなガラスのカケラに思いを巡らす。残念ながら当時の景色は焼き付いていない。覗き込めば少年の37年後の顔を映す。

「鏡よ鏡..鏡さん もう一度、そこに万博会場を映しておくれ。」と唱えるもミラーは無言のままだ。大阪万博の翌年放映されたミラーマン。彼の様にミラーに飛び込めば懐かしの万博会場に出る事が出来のか?

「ミラー・スパーク!」と何度か心の中で叫ぶが、ふいに”あれっ、もし本当に行ってしまったら、どうやって帰ってくるんだ?”といらぬ心配をしていた。
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by banpakutantei | 2007-10-19 02:53 | 万国博 | Comments(4)

さよなら黒川さん。

d0065737_1433198.jpg黒川紀章さんが逝去された。前回、お蔵入りしていた万博特集での姿が最後のテレビ放映となってなってしまったのかも知れない。放映では東芝IHI館に関し「こんなのねぇ 今だって できないでしょう」って言っていた。

鋼鉄の鎧をまとったパビリオン東芝IHI館。その外観はゴジラと言うよりウニ。漢字で書くと”海栗”。海の栗とは良く言ったものだ。

テレビの食べ歩き番組で例えばウニがドドーンと盛られた海鮮ウニ丼が出ると必ずスタジオ中が”うにぃぃぃ..”ってどよめくが、私はウニが苦手なので皆んな、そんなにウニが好きなんだぁって関心する。

だってウニってよくラベルに珍味って書いてあるではないか。珍味とまずいは紙一重って感じなのだが。「本当に旨いウニと出会った事の無いお前は気の毒だ。」と言う方もいそうだが。テレビの一つのジャンルとなった食べ歩きや旅番組。”好き嫌い無し”は芸能界生き残りの術でもあり”何でも食べる事”や”たくさん食べられる事”更に”旨そうに食べられる事”や”早く食べられる事”はひとつの芸なのかも知れない。

東芝IHI館のウニのトゲの部分は本サイトでも紹介しているが黒川さんから寄贈され何気なく名古屋市美術館の脇に置いてある。マンホールの蓋まで持っていかれてしまう最近の鋼材事情を考えるとあんな場所に放置しておくのは結構心配だ。あれがステンレスだったらもう無かったかも知れない。貴重な万博パビリオンのカケラが重量のみの価値だけで持ち去られ廃材として転売されてしまったら悲しい。

同じく黒川さんが設計したタカラビューティリオンは奈良の本社に研究用に移築されたとの記録があるが出展企業のサイトを見ても奈良の文字は既に見当たらない。

解体が決まっている銀座の中銀カプセルタワービルは8月までは、残っているのを確認しているが未だあるだろうか?東芝IHI館がウニならば中銀は藤壺が付いたビルってイメージ。入口にある”モデルルーム”を見て”住んでみたいか?”と問われれば ”うーん一泊くらいなら。”って感じでもある。

カプセル宣言までしたカプセル好きな黒川さんが選挙で使用したサロンカーはカプセルカーにも見えた。タイムカプセルに代表されるカプセルを含む言葉も子供の頃は未来的なイメージを受けたが現在ではカプセルホテルがカプセルを含む代表的な名詞となってしまった。

”こんなのも 今では出来ない。”中銀カプセルタワービルは街中に立つパビリオンの感じがした。未来の建物をイメージする外観も前に立つ電通ビルと対比するとレトロ感が漂うのは何故だろう。時代はメタボリズムからメタボリックシンドローム。新陳代謝しないまま、この建物は役目を終える。

壊されていく”あの頃の未来”をイメージさせる建物。でも街中には”これからの未来”をイメージする建物をあまり見かけない。黒川さん安らかに..。
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by banpakutantei | 2007-10-14 03:37 | 万国博 | Comments(2)

塩漬けされた映像は。

d0065737_2154979.jpgまるで大阪 万博記念公園で開催中(14日まで)のマニアエキスポに合わせたかの様にお蔵入りしていたテレビ朝日系 スーパーモーニング 大阪万博特集が突如放映された。

こんな時、9割の確率で見逃してしまうのだが 幸運にも嫁さんが捉えてくれた。「今日、大阪万博の番組がやっていたから撮っておいてあげたよ」。

万博に全く興味の無い嫁さんも”万博”と言う言葉には敏感になった様だ。てっきりマニアエキスポを伝えるニュースかと思っていたら何と蔵出し映像。 

マニアエキスポの開催を伝えるニュースをみた番組スタッフが「そう言えば万博特集が蔵に入れっぱなしだったなぁ。おおぃ 誰かこの間作った万博特集を出してきて」と放映したに違いない。                            

数ヶ月前、現存する大阪万博パビリオンについての問合せがあり本サイトに沿ってお話し、「ラオス館は未だ一度もテレビの万博特集で取上げた事が無いので、是非」と話した処、ラオス館を維持する入来院さんから取材があったとの連絡を頂戴した。

入来院さんも、放映が屋根の修繕費の募金のきっかけとなればと期待した矢先のエキスポランドでのコースター事故。放映は時期未定の延期となった。遊園地は再開されたが、このままお蔵入りなのかなぁと思っていた。

蔵に入り塩漬けされた番組だったが、ショッパサは感じられず三波先生の「こんにちわぁ~」をバックにサラッと表面を流す万博特集が多い中、20分を超える力のこもった作りとなっていた。おなじみの館長も登場、カメラは西へ東へ精力的な取材を行った様子。もちろんラオス館もテレビ初公開された。05年の新宿での感動的な万博EXPOでの嘉門さんの映像+唄のイメージの再現も入っていた。

最も驚いたのが この映像。何の因縁か前回、書いた電気通信館の”卵型ブース”。おぉぉぉぉ...残っていたんだ。サンヨー館の人間洗濯機は頻繁に登場するが、このブースは見た事が無かった。国内館の展示物の内、西の横綱が人間洗濯機であるならば、(ワイヤレスフォンもそうだけど)東の横綱はこの”卵ブース”だと思う。館長が次回のマニアエキスポに引っ張ってきそうな品物。

雲竜型に不知火型。偶然にも双方丸みを帯びたデザイン。ついに東西両横綱、そろい踏みとなった。これは現物を確認しに行かねば...と喜んでいたのもつかの間...この”卵ブース”はレプリカなんだと言う事実を知る。電話は本物なんだけど...嗚呼...やっぱり残っていないのか...。でも このワイヤレスフォンと通話できたら受話器の向こうから万博会場の雑踏やアナウンスが聞こえてきそうだ。  
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by banpakutantei | 2007-10-10 02:33 | 万国博 | Comments(7)