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相撲の街に見るサンヨー館に似たもの。

d0065737_12585150.jpg久しぶりの両国駅。両国と言えば相撲。構内には優勝額が数枚飾られている。相撲と言えば両国国技館。野球を見に東京ドームに行った事は無いがプロレスは沢山見に行った。

笑点を見に後楽園ホールに行った事は無いがプロレスは沢山見に行った。同じ様に大相撲を見に国技館に来た事は無いがプロレスは沢山見に来た。外人レスラーはスモウアリーナと呼んでいる。

夏の両国と言えば新日本プロレスの夏の大一番、G1クライマックスなんだろうが最近はずっと御無沙汰しているし今年の優勝者が誰なのかも興味が無い。

両国国技館も完成から早20年以上が経過。と言う事は蔵前国技館が無くなってからも早20年以上となる。両国以前のプロレスのメッカ、蔵前国技館。以前 跡地付近を通ったが面影は一切残っていなかった

モンゴル ウランバートル空港に降り立った朝青龍を出迎えたのは何とアントニオ猪木。横綱の隣には二人の兄。総合格闘技に転向しているスミヤバザル、プロレスラーのブルーウルフが付き添う。「まさか!」取材陣は色めき立つ。その様子を日本のテレビで見ていた北の湖理事長は頭を抱えた。高砂親方(元大関朝潮)もパイロットシャツのネクタイを握り締める。

大どんでん返し。二人は空港VIPルームでガッチリと握手。その場での角界電撃引退と猪木ゲノム参戦の電撃発表。号外だ!新聞社の印刷機が唸りをあげる。横綱の顔は上気していた。これがここ数週間、精神疾患と診断された男の顔なのか!

「格闘技を通じて世界平和を全世界に発信していきたい。元気の無い世の中にカツを入れたい。横綱のサッカーをする姿を見て、体のしなやかさを感じた。朝青龍!天下を統一する気あるかっ!」猪木は朝青龍の顔面に平手打ち。いきなりの闘魂注入だ。朝青龍を呼び捨てにして平手打ち出来るのは猪木しかいまい。

ロシアとの太いパイプでヒョードルを連れてくる用意もある。猪木18番の嘘とも本当とも判別不能なでっかい話がぶち上げられる。現役横綱対60億分の1の男、ロシアンラストエンペラー ヒョードルの対戦ならば国立競技場でも狭いくらいだ。

「大相撲最強を証明する。曙関の様にはならない。」現役横綱の格闘技転向。「品格ばかり問われる角界に未練はない。何でもありの総合格闘技こそ自分に適した場所。」その場で大銀杏が切り落とされた。前代未聞空港での断髪式だ。偶然にも日本プロレスの祖、力道山のプロレス転向と同い年。平成の力道山となるか?朝青龍。って..... 深読みしすぎ?

久しぶりにやって来た両国の目的は国技館隣江戸東京博物館で行われている”大鉄道博覧会”。漫画”鉄子の旅”を読んで、行ってみるかと神保町の帰りにやって来た。さて 鉄ちゃんで無い人間が見た鉄道博は...。鉄ちゃんには、様々なジャンルがあるそうだが 私の琴線に触れるものは何もなかった。

私のDNAに鉄は入っていないようだ。鉄分もなければ鉄粉もなさそうだ。あっ万博公園の鉄鋼館の鉄は別だけど。盛り沢山の展示室を出ると売店には盛り沢山の鉄道グッズの山々。盛り沢山のグッズを見ても買いたい物の無い寂しさ。

群衆の中の孤独を感じた両国の夏の日。見上げた国技館のシルエットを見て大阪万博のサンヨー館を思い浮かべる。
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by banpakutantei | 2007-08-25 15:29 | 万国博 | Comments(0)

燃えよドラゴンに映るベトナム館に似たもの。

d0065737_2120411.jpg夏の”勝手にドラゴン祭り”は滞りなく進められ滞りなく終了した。同時に私の夏休みも終了しようとしている。

寂しい...。”ミスターサマータイム”が入ったCDが何処を探しても出てこないまま夏が終わろうとしている。さよなら2007夏。明日から仕事。

”ドラゴン危機一発”のタイ館に続き”燃えよドラゴン”にも大阪万博が...”燃えよ”には大阪万博ベトナム館に似たものが映っている。ベトナム館に似たものはオープニング直後、少林寺の僧院として登場する。

ベトナム館は変更に次ぐ変更で完成後は当初の外観イメージが全く変ってしまったと言うパビリオン。写真に使おうかと思ったが少しピンと来ないのでリーの画面。

リーが装着しているグローブは現在の総合格闘技に使用されているオープンフィンガーグローブの原型。僧院で行われている戦いに現代の総合格闘技を見る。PRIDEの興行が停まって数ヶ月。今年の夏PRIDEを見る事は出来なかった。もうあの世界最高峰の熱い戦いを日本で見る事は不可能だろう。

ベトナム館は広島県湯来町に資料館として移築されたそうだが、現存はしていない。でも記念碑が残っているそうだ。1967年南ベトナムビンデイン省アンツック市との姉妹都市の関係を結んだ縁で”湯来ベトナム館”として移築されたと刻まれているそうだ。

記念碑と言っても移築後のものだし... ”そうねぇベトナム館跡地かぁ”と”記念碑ねぇ”と想像してみる。記念碑だけを見に広島迄...広島の万博展も終了してしまったし..でも万博と関係無くても潜水艦博物館は見てみたい...。

出来れば呉港に浮かぶ本物の潜水艦も見れれば...見てみたい風景の内の一つが海中での潜水艦。写真でも見た事ないが、あんな大きな物体が海中に潜水している姿を想像するだけでも不気味。でも、もう夏休みは終わり。

あああと...何故か真剣に石碑を見に行こうか考えている処へ両親が夏の旅行の土産を持って訪れてきた。包みを開ければ、もみじ饅頭にふぐ煎餅。”ちょっと広島に...”行って来た...と...

”まさか万博展でも行ってきたのか?”何故に広島を選んだ?酷暑の中、安芸の宮島から山口の秋吉台を巡って来たそうだ。”いやぁ鍾乳洞なんて 人 人 人で...まいった、まいった。” 

遠出をしなかった2007夏休み終わりの日、万博展 潜水艦 ベトナム館の石碑...行けば良かったか?でも、もう夏休みは終わり。さよなら2007夏。明日から仕事。
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by banpakutantei | 2007-08-19 22:06 | 万国博 | Comments(0)

ドラゴン危機一発に映るタイ館に似たもの。

d0065737_11143429.jpg連日の猛暑日。涼を求め製氷工場が舞台となっている”ドラゴン危機一発”を久しぶりに見る。ブルースリー没後、34回目の夏。

ダカダン ダカダン ダカダン ダダッタダン..とカッコいいオープニングで始まるドラゴン危機一発。蒸し暑そうなタイの田舎道ではノラミャオが氷水を売る。気分を味わおうと冷凍庫からガリガリ君を取り出してかじる。

製氷工場と言う涼しげな舞台と、涼しげなる、おどろおどろしいシーンが満載の記念すべきブルースリー主演第一作。初めて見た中学生の時でさえ”これは変だ”と感じるシーンを沢山発見してしまった映画だが、それがこの映画の魅力でもある。

文献を読むと事実、シナリオもろくに作らず行きあたりばったりで撮影していく監督にリーは不満を持っていたとの記述もある。

学生の頃、製氷工場でアルバイトをしていたことがあるが、木造の製氷場は、まさにこの映画に出てくるものと、あまり変りが無かった記憶がある。濁りの無い氷柱を作るのも、ノウハウがあった。今でも、同じ様に作っているのだろうか?。

東映系で久しぶりにドラゴン危機一発と怒りの鉄拳がリバイバル公開されたのもその頃だった。バイト帰りに見た翌日、リーになった私は冷凍庫に入り保管された氷柱に何か隠されていないか目を凝らした。

彼の映画(ビデオ、DVD)には数種のバージョンがあり、この危機一発もオープニングやBGMに違いがあるものが存在する。私の記憶に鮮烈に残るのは公開当時のものだが何せ30年以上前の事。公開当時と言っても全てを記憶している訳でも無い。

幸いにも私が見ているのはマイク・レメディオスが日本向けに唄う主題歌が入った貴重なもの。あっさり警察に捕まってしまうラストシーン。B級感いっぱいのこの映画を哀愁感いっぱいで締めるマイク・レメディオスが唄うTo Be A Man。THE ENDの文字に被る哀愁感。なんて素晴らしい唄なんだろう。現在市販されているDVDには入っていないらしい。

で、以前から気になっていたこのシーン。”喧嘩はしない。”母との誓いのペンダントが引きちぎられ怒り爆発直前のシーン。リー扮するチェンの後に映る物体。こ.これは...タイ館..じゃないか...?。実際に映っているのは建物では無いのだが、万博翌年に撮影が行われたこの映画にタイ館が移築されて映っていたりなんかしたら...凄い事だったではないか!

タイ館に入った記憶は以外と残っている。朝から並んだ三菱未来館から出た時には既に昼を過ぎていた。朝一入場したのに”先ずはモノレールに乗りたい”と母親が言い出したからだ。三菱未来館から出てきて昼に何を食べたかは記憶にない。多分、タイ館の前辺りにあったベンチに座っていたのだろう。

カラフルな色彩を施したタイ館は行く前から要チェックしていた。子供のくせに何故かラオス館、ネパール館など寺院建築を模したパビリオンも好きだった。入口を見てみれば行列無し。”それっ!”とばかりに入ったが子供の私にタイを紹介する展示物は面白くも無く、そそっと入りスタンプを押し、ささっと出てきた記憶がある。

外観の素晴らしい色使いと内部のギャップの差が印象に残ったパビリオンがタイ館。そんなパビリオンはタイ館だけでは無かったけど。そのタイ館にあった象の置物が大阪某所にあると言う。

さて夏休みなので次はドラゴン怒りの鉄拳(主題歌入り)、ドラゴンへの道(これも勿論、主題歌入り)、燃えよドラゴン、死亡遊戯と順番に見ていこう。夏の”勝手にドラゴン祭り”。危機一発では見られなかったビュンビュンと唸るヌンチャクの風速に少しは涼しくなるだろう。
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by banpakutantei | 2007-08-14 15:32 | 万国博 | Comments(0)

今日は何の日。

d0065737_23445422.jpg以前から気になっていた山手線秋葉原駅を上野方面に向う車窓から見えていた謎の3文字「バナナ」。単にバナナとしか書かれていない。何故にバナナ?

バナナで思い浮かべるのはHABANA EXPRESS by寺尾聰。あの頃、免許取りたての車にカセットを入れれば見知らぬ異国の街、ハバナの風が車窓に吹き込みカリブの熱い恋を想像したものだ。

イントロが流れグッとアクセルを吹かせば西湘バイパスから見る相模湾の景色もまるでカリブ海のそれに見えたものだ。

でも今回はハバナではなくバナナ。その日は丁度 上野国立博物館に伊藤若冲展を見に行く途中だったが、そうだ今日は”わざわざ降りて”その正体を確かめてみようではないかと帰りに降り線路伝いに歩いてみた。

バナナは好きな果物の内の一つだしデパートのジュース売り場で飲むのは迷ってもバナジュ。他の食べ物が例えばビタミンなどの摂取のイメージがあるのに対し、バナナだけが唯一 栄養を摂取する感じがする果物だ。

そんなバナナについて書くのに適しているのが多分今日辺り..確認していないが8月7日は多分バナナの日に違い無い。単なる語呂合わせであろうときっとバナナ記念日。”鼻の日”もきっと今日だろう。バナナの文字が浮かび上がるタイル壁画の見える建物の下までやって来た。

下から撮影していると「珍しいですか?」と話しかけられた。声の主はここに住む、おばさんだった。丁度買い物から帰ってきた様だ。おばさんは謎の文字バナナの意味を教えてくれた。

車窓から見た”何故にバナナ?”の意味は読んで字の如し。ラーメンと書かれればラーメン屋。本と書かれれば本屋を指す事と何ら変りは無い。ここが元バナナ屋さんだった為である。

それはこの付近が神田青果市場跡だった事に起因する。更におばさんは親切に黄色いバナナの出来るまでを説明してくれた。普段何気なく食べている黄色いバナナ。

それは緑の状態で輸入されこの場所で熟成され黄色の食べ頃に変身し市場に出て行ったのだ。おばさんの話を聴かなければ単に 8月7日 バナナ ハバナ ハハハ で終わってしまっただろう。

このバナナタイルの横には車窓からは気が付かなかった立派なバナナ絵が描かれていた。アルファベットでBananaとも描かれていた。

おばさんの話では結構有名な方の作品らしい。撮影したのは昨年夏。この年の8月7日は過ぎていた。

書くのは今年に持ち越し2007ハッテンナナ。時は来た。バナナが熟すのを待つ様にしたためた画像を放出する。

伊藤若冲の象のモザイク画に感心し、バナナ壁画に感動した夏の日。京都の青物問屋の息子に生まれたと言われる若冲。

若冲はバナナを見た事があったのだろうか?バナナが初めて輸入されたのは明治の頃なので見ていないかも知れない。しかし若冲は当時幻の動物だった虎などを想像で描いたと言う。未だ見ぬ幻の果物バナナ。若冲だったらどんなバナナ図を描いただろうか?
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by banpakutantei | 2007-08-07 01:38 | Comments(3)