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見えてたものが消えた時~3。

d0065737_75952.jpg解体されてしまったトヨタカローラ販売店円形ショールームの同じ敷地には系列の中古車センターがあった。そこに建っていたこれ。

これは...まるでEXPO70。万博会場にあったと言われたら信じてしまう、たたずまい。会場にあったシェルターと呼ばれたパビリオン入場への待機場所や休憩所の雰囲気。小田原のこんな処に大阪万博があった。

これを何と呼んだら良いか解らない...つまらない表現で言えば...”変った形をした屋根。”とでも呼ぶべきか。テント地の様に見えるかも知れないが固体である。

様は硬いのだ。こういう形をした硬い物体だ。これが何時の頃からあったのかは解らないが現在のデザインでは無いだろう。円形の建物と同じくらいの歴史があるかも知れない。

この下に立てばパビリオンの入場まであと少しって気分になる。この会社の人にとっては、この人何?って気分になるだろう。でも、この”変った形をした屋根”に気が付いたのは昨年の事。

この屋根は推測の通りとすれば、ずっとこの場所にあったのだ。それまで何度も何度もこの前を通っていたのに気が付かなかった。沢山の中古車に埋もれていた為なのか見えていたのに見えなかったのだ。

見えていて、見えなかったものは突然見えた。何故かあの時は並ぶ車から突き出た屋根だけがオーラを発していたのだ。「おーい、こっち見てみろって...」と..。あれっ、こんな処に大阪万博が!見えてからはこの前を通る時は毎度眺めるようになった。

見れば見るほど大阪万博の雰囲気がした。折角見つけた小田原のEXPO70。だけど...前回の円形のショールームが無くなる少し前、見えてたものは見えなくなった。
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by banpakutantei | 2007-05-26 10:57 | 万国博 | Comments(0)

見えてたものが消えた時~2。

d0065737_2534592.jpg最近は”ト”と”ヨ”と”タ”が微妙にかぶった配置のトヨタのロゴをあまり見かけなくなった。小田原市酒匂川付近、国道一号線沿いにあるトヨタカローラ販売店は改修はされているが実は結構古い。現在では珍しい円形構造。昭和のたたずまい。

この建物がどの位古いのか解らないが築40年以上は経過している。調べてみると1966年が初代カローラの発売と言う事らしいので昨年がカローラ40周年だったのだろう。

と言う事はカローラ登場の時からこのお店ってあったって可能性がある。日本のモータリゼーションの歩みを見守って来た建物、トヨタの世界への歩みを見守って来た建物でもある。

先日発表されたレクサス最上位車種の値段は約1500万円だそうだ。後部座席にはマッサージ機まで装備されている。500万の高級車ですら3台も買える。カローラは何台買えるのだろう。こんな高級車に乗れるほど稼いでいる人が座る場所は運転席では無く後部座席なんだろう。そんな座る人を選ぶ後部シートにいつか座りたいものだ。

昔は店のてっぺん部分(現在のトヨタの看板の更に上)には何と実車が乗っていて夜になるとライトアップされていた。廻っていたかどうかは憶えていない。遠くから見ても車の店って解る外観。子供の頃、東京方面から帰ってくるときには何時もそれを遠くから探したものだ。それが見えると家が近いって解った。

てっぺんにあった車はパブリカ説とカローラ説があるが何度か取り替えられた気もする。車がいつ頃まで乗っていたのか思い出せないが、無くなった時確か「あー無くなってる」って思ったのは憶えている。

見えてたものが消えた時。「あー無くなってる」って言うのはつい最近もあった。それは先週この前を通った時。新店舗建設の為、取壊されてすっかり平らになっていた。半年後位には洒落た新店舗が建っている事だろう。
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by banpakutantei | 2007-05-19 15:46 | 小田原 | Comments(4)

幻の町並み国府津(こうづ)~見えてたものが消えた時。

d0065737_2333100.jpgついに...と言っても先月の話。国道一号線を車で小田原市街へ向う。いったい何度目の定期観測になるだろう。観察記録は「変化なし」と書いて「無事」と読む。

「変化あり」の記載は大抵の場合は解体そして消滅と言う事。対象の建物の変化に気が付く時は、いつでも・スローモーションの様な思考感覚になる。あ・ぁ・ぁ・ぁ・ぁ とか え・ぇ・っ・っ・っ・っって感じ。更にう・ぅ・ぅ・ぅ・ぅ・ぅって感じでもある。しつこいか。

2007年3月2日。とうとうこの日が来てしまった。石田サイクル解体。これで大川輪業、ヒノデストア、国府津看板建築群の核と言える建物達が相次いで消滅してしまった。本家サイトの更新が滞っているが、各建物のコメント欄に”消滅” やら ”解体”の文字を ”残念ながら”...の五文字と組み合わせ”残念ながら”がどれくらい”残念ながら”なのかを表す”非常に”の二文字を頭に付け加え更新しなければならなくなった。

確かに石田サイクルの状態は先に解体された大川輪業やヒノデストアと比べても良く無かった。以前「うわぁ解体か」って事もあったが、その時は修理だった。外観だけ見ていても解体より崩壊のが先でも不思議では無かった。小田原市国府津(こうづ)は市街から車で15分程度の東に位置する。最寄駅はJR国府津駅。1934年丹那トンネル完成前まで東海道線の重要な役割を担っていた駅でもある。駅から数十メートルの範囲に残る看板建築群はその名残。知らない建物も沢山あったに違いない町並みが想像できる。

気が付いた時は既に前面の壁面は無くなっていた。壊されたのは多分この半日前の事だろう。テッペンの王冠の中にあったkの意味も解らず仕舞い。王冠のカケラを採取する事も出来なかった。他の地域にも少ないながらも看板建築は未だ残っている。それらは殆どが”個”である。国府津に未だ残っている建物も”個”となり、看板建築が”群”として残っていた町並みは幻となった。
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by banpakutantei | 2007-05-14 03:17 | 小田原 | Comments(0)

幻のスカンジナビア館のガレキをさがせ。

d0065737_23305294.jpg昨年10月札幌スカンジナビア館サミットに持ち込まれたカケラ。こ.これは.....チーズケーキ...いや、これが...幻のスカンジナビア館の幻のカケラなのか...学術名T・S・G...即ち”卓越した積水の技術”。先般、当時廃材が埋められたとされた付近から採取されたと言う。(写真は牛鍋さん提供)

移築後のスカンジナビア館が解体されたのは1981年。25年も前の残骸が今、採取できるなんて...あの日テニスコートの周りを私も探した。ただ頭の中にそんなものが未だ落ちている訳がないとの先入観の方が強かった。仮に落ちていたとしても気が付いたかどうか...

最初この写真を見た時は「違うんじゃないか?」と思った。これはチーズケーキじゃないのか?いやスカンジナビア館の外観を飾ったエンビパイプはグレーじゃないのか?根本的に色が違う。

外観を飾るパイプ群はエスロンと呼ばれる配管用のパイプを半割りにして据付後、現場で銅色に塗装されたもの。径は520ミリと言うから相当太いし図面で見る全長も標準品の規格外の長さ。現在の標準色はグレーのみである。

このカケラがチーズケーキではない裏付けが欲しかったし是非本物であって欲しかった。M・S・G...昔お金を貯めて本気で行きたかった本場のプロレスの殿堂マディソンスクエァガーデンの略では無い。私の持っていたのは多分ニセモノであっただろうマジソンバッグのM・S・Gでも無い。即ち”M 幻の S スカンジナビア館の G ガレキ”であって欲しかった。その為にも素材の色がグレーであってはいけなかった。

牛鍋さんとの検証を繰り返した。改めて建築本を読み直してみる。どの本もスカンジナビア館に関する記述はそれ程多くないが、ある一冊に書かれていた図面中に見つけた一行にはプラスティックキューブ白色との記載。えっ。グレーじゃない。大阪での建築中のスカンジナビア館の上空からの写真にも白っぽい印象を得た。多分塗装前なのだろう。

以前写真提供して下さったMさんにも画像を送る。Mさんが解体現場から拾い実家のどこかにあるとされていた幻のカケラもこんな感じだったとの証言も得た。黄金色とえび茶色が混ざった配色。黄金色が万博開催時のものでえび茶色が解体時の色なのだろう。

Mさんの写真に写る色もえび茶色だ。移築数年後に行われたリニューアルの際、塗り替えられたのではないだろうか?そして牛鍋さんか教えてくれた私のサイトのMさんからのこの写真。倒れているT・S・Gの一部は乳白色ではないか...嗚呼..灯台もと暗し。

様々な検証をした結果、厚さに若干の疑問点があるものの、この物体は限りなく本物と考えられる”幻のスカンジナビア館のガレキ”。即ちM・S・G だろうとの結論に達した。あの頃プロレス誌ゴングが伝えるM・S・Gで行われるプロレスには幻想があった。日本ではM・S・Gシリーズと銘打った興行も行われた程だ。誌面が伝える幻想は幻影であった。が、このM・S・Gが幻影では無く本物である可能性は極めて高い。

*サミットでは”スカンジナビア館は姿を変えて未だ残っている説” まで浮上した。えっまさか...あそこまで壊された建物が...しかし、そのまさかを信じてみてみたい気もした。詳細は牛鍋さんの 札幌都市伝説シリーズを読んでください。
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by banpakutantei | 2007-05-07 00:57 | 万国博 | Comments(4)

幻のスカンジナビア館の図面をさがせ。

d0065737_1640267.jpg時は昨年九月、札幌のとあるローカルラジオ局でスカンジナビア館が連日、話題となっているとの内容のメールが舞い込んだ。

「幻のスカンジナビア館~」と本サイトで取り上げ、おぼろげながらその全貌の一部が明らかになったが未だ未だそれはほんの一部でしかなかった。その後スカンジナビア館故M社長の親族の方と知り合うも新たなる情報は得られなかった。

遥かなるバイキング船の旅...船は港に停泊したままとなった。三度目の出航は何時になるのか?その間、静岡県沼津にあったフローティングホテルとしての使命を終えたスカンジナビア号が曳航中沈没する事件も起きた事を遅ればせながら知る事となった。まぁこれはスカンジナビアつながりなのだが...

以下昨年10月にブログに書いた一文..”つい先日、スカンジナビア館が石狩の地に移築される時の復元図が発見された。これは多分、サッポロのラジオ局でリリースされていると思う。A1サイズにして90ページにも及ぶ膨大な図面だ。

幻のスカンジナビア館の幻に迫れるであろう、超一級品の資料。きっとプラスマイナスの柱の謎も解き明かしてくれる事だろう。で、ジュッテンゼロサン、いったい何が起こるのかって?それはまた今度。 ”この時期のブログではスカンジナビア館について何度か書いている。

牛鍋さんが2月に書いたブログの焼き直しになってしまうが..昨年10月3日札幌で、この図面と卓越した積水の技術(T・S・G)のカケラを持ち込んでのスカンジナビア館サミットが開催されカケラの真偽についても議論された。

札幌まで行けない私の為にコピーをとり送ってくれることとなった、A1サイズ、90枚の膨大な図面。それは新たなる発見と新たなる疑問を投げかけてくる筈だった。図面発見は即ちPART3への道を一歩踏み出した時でもあった。図面からは何がどこにあった何がここにあってと言う事が明らかになる筈だった。

図面は膨大な量でもあるしA1コピーは大変だろうと気長に待つ事にした。すぐに見たい図面だったが、都合の良い時で良いですよのスタンスをとったのが今となっては心残り。年も暮れようとした頃になってもコピーは一向に送られてくる気配が無かった。窓口となって下さった方との連絡はとっていたが図面を預かっている方との連絡は途絶えた。

2月、何とか連絡が取れ、やっと来たメールには「申し訳ないがカーナビ等といっしょに車上荒しにあってしまった。」と書かれていた。

釣りで言えば手前まで巻いていたのだ。直ぐに手元までグイって引けば良かったのか。糸は切れた。図面のあまりのボリュームのせいなのか?針に付いた図面は石狩湾の海深く沈んだ。

写真(牛鍋さん提供)は僅かに撮影されていた図面の一部。スカンジナビア館の外観が描かれている。この画像すら今となっては貴重なものだ。

嗚呼...幻のスカンジナビア館の幻の図面は札幌の地で忽然と姿を消した。幻の図面は文字通り幻となった。この図面集が津軽海峡を渡り、神田神保町のいつもの店のショーケースに並んでいる風景をひたすら念じている。あっ、でもそれって盗品だから買ってはまずいのか?...
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by banpakutantei | 2007-05-02 18:02 | 万国博 | Comments(3)