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大晦日~聴きたいのは”夫婦善哉”よりも”ホテル港や”

d0065737_14255840.jpg”小田原城プラモ入荷しました。”の張り紙はないが地元愛”小田原城のプラモの山。

ええっ、前の在庫、あれって全部さばけたの?以前小田原城プラモの売り上げを懸念したが心配は危惧に終わったようだ。コピーの”地元愛”が効いたのか、小田原住民が”地元愛”と言う熟語に弱いのか?またまたドドーンと大量入荷。

城郭の石垣の如く積み上げられた小田原城の山。メーカー在庫一括買い上げたのか?姫路城など日本の名城のプラモデルがある中、あえて小田原城を作ろうかと言う人は、お城マニアかプラモ好き以外は地元愛に満ちた小田原人しかいないだろう。熱海城のプラモでも出たら作ってみたいとは思うが...

そう言えば市長がぶち上げた城下町サミットという一寸抜けたイベントは猛反発あい一応延期される事になったらしい。

テレビのワイドショーでは全国自治体の"こんなものにこんなに血税を使っちゃって。けしからん!"って例が毎日の様に放映されるので此処小田原でもそんな事が行われようとしても不思議ではないけれど..

大晦日、只今嫁さんの買出しの隙をみてブログを打っている。映画の中でスパイが敵の隙をみて本部と交信しているかの様だ。

いつ戻るかも解らない敵を気にしながら..キーボードを打つ動きは燃えよドラゴンの中でリーがハンの要塞から打つ無線の雰囲気。アレを拭きアレ取替えアレを買いに...未だ年末のお手伝いが沢山残っている。

テレビは帰省ラッシュの駅を映し、高速道路上空をヘリが飛び、上野アメ横の混雑をレポートし、早くも年越しそばを食べている人を映す蕎麦やから中継する。

日本中が年越しに向かってまっしぐら。いかん..敵が戻ってきたようだ。それでは良いお年を!
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by banpakutantei | 2006-12-31 14:29 | 小田原 | Comments(2)

あの人は今。

d0065737_0471135.jpg"○○の今。”と続けているのは座右の銘”継続は力なり”をかたくなに実践している訳では無く単に(変える)タイミングが見つからないと言うだけの話である。○○の今と続けば流れ的に”あの人は今”と言う事になってしまうだろう。

週刊誌でこの特集が定期的に組まれている事を考えれば結構人気あるテーマなのかネタの無い時に「来週はネタが無いので”あの人”でいこう」って感じなのだろう。このブログもネタが無いので”あの人”をやっている。...と言う訳ではないが...

”あの人”となる為の条件やキーワードは沢山ある。今を大っぴらにされる”あの人”にしてみたら余計なお世話。「もう私の事はほって置いて...忘れて...お願い...」となるが、反対によくぞ憶えていてくれたと感謝する方もいるだろう。単にテレビに出なくなっただけで何故私が”あの人”の仲間入りをするのか?と憤慨される”どっこい生きてる”方もいるだろう。

桂銀淑(ケイウンスク)はきっと”あの人”になってしまっているのだろう。公式サイトも止まったままだ。何度かNHKに出演すれば紅白出場も可能だと思うのに...紅白で歌って欲しい曲は沢山あるので復活して欲しいが今年は何故、布施明のイマジンを聴かなければならないのか?(多分聴かないけど..)と唐突に疑問視してみる。

この処、紅白にずっと出場しているのも不思議だが昔の貯金で出ているのなら、通帳に刻んだ曲を歌うべきではないか。歌うのは”霧の摩周湖”か”積み木の部屋”だろうと問題提議してみる。シクラメンは退屈なので勘弁して欲しいが石川さゆりが今年大詰めで歌い上げるのは”夫婦善哉”ではないと思うし、出番も早過ぎるではないか...と今年の(も)紅白には結構がっかり。...だよ。

今回の写真は本文とは全く関連が無い。先日伊藤忠太建築物件の大倉集古館に行った時に撮ったもの。大倉集古館はホテルオークラ東京の敷地内にある。気に入った写真だが名前の様に”お蔵”入りしそうなので使ってみた。”あの人”と”お蔵入り”って少し繋がっているかも知れない。
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by banpakutantei | 2006-12-30 01:53 | Comments(0)

プロレスの今。

d0065737_10482869.jpg九月に週刊ファイトが休刊したと思ったら後を追う様に、元編集長 井上義啓 さんも逝去されてしまった。”ファイト死すとも井上(プロレスは)死せず”だったのに..ご冥福を祈ります。

プロレス界の今。と言っても最近はあんまり見ていないので多くは語れないが...数ヶ月前、丁度私の車の前を走る新日本プロレスの宣伝カー。

プロレスは今でも地方巡業を行っている。後には”曙、参戦決定!”と書かれている。予定されたメンバーでのチケットの売れ行きが芳しくない為なのか新たに曙が投入されている。”史上最強の素人”ボビーオロゴンにも勝てなかった彼にどれだけの集客力があるのだろうか?

曙の相撲界引退後、初めての格闘技戦が大騒ぎされたのは何年前の年末だったのだろう?。リング上からのカメラは象が倒れる様に崩れた彼の背中を大写しにしていた。それはそれで試合内容とは別の壮絶さが伝わってきた。

K-1で全く結果を出せなかった元横綱の終着駅は結局プロレス界だった訳だ。そんな彼が客寄せパンダとして”しばらく”は通用してしまうのもプロレス界。でも客は彼の強さなど見たいと思っていない筈。見たいのはゴロン、ゴロンと転がされる姿。

元々圧倒的な悪役顔なので、もっとスタミナをつけて(無理な話だけど..)圧倒的な強さを見せニヤっと笑いさえすれば圧倒的なヒールになれるのに...そうなった時に対極する圧倒的強さを見せる事が出来るレスラーがずっと出てこないのが今のプロレス界なのだ...

曙さんは大晦日、身長230センチ ジャイアントシルバとの対戦が予定されている。
「以前の僕といっしょだと思ったら、(シルバは)やけどするよ」と以前と同じ様にボーっとコメントしている。
曙太郎がK-1で戦った全記録!←凄く面白いです。
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by banpakutantei | 2006-12-23 13:25 | プロレス 格闘技 | Comments(0)

タワーオブライフの今。

d0065737_10165073.jpg写真は某所に現存するエキスポタワーのボールジョイント。見た目以上の重さがある。

二つ下で書いたディリパの万博記念館に展示されるべき沢山の”あるべきアレ”の内のひとつ。此処には”あるべきアレ”の内の一つが二つあり別のアレが一つある訳だが一般公開はしていない。一つ下で書いたヤノベさんのタワーオブライフの一部。

跡地はこの作品の常設展示場化している。作品自体は賛否両論あったし此処に置いて置く事自体にも賛否両論ある。否の方は思い入れ深いタワーの部材であんなものを作って更に跡地に置いておくなんて...といったものだし、作品自体、太陽の塔の地下にあった”いのちのうた”にも似ている。

タワーの後に取り壊された美術館の特徴ある照明の一部も展示用に残される事は無かった。これも沢山のアレの内のひとつ。何故それらの一部でも残そうとしないのか不思議で仕方ない。残されなかった沢山のアレは大阪万博そのもの。特別コーナーを設けて保存展示すべき貴重なものばかり。タワーのパネルも結局、記念館に展示される事は無かった。

作品に使用されたパネルは内側が白く塗り直されているが外されたままで展示されていた一枚もあった筈だ。ボールジョイントも数個あった筈だ。使用されていたエレベータホールのパネルも。あれらは何処にいったのだろう?...地上に降ろされたキャビン。32年ぶりに降り立った地上の感触を楽しむ間もなく...一部を除きあっという間にグシャっとやられてしまった。

ヤノベさんがタワーオブライフを作り、その後跡地に置かれた事により、今のところ此処に来ればタワーの一部でもありタワーオブライフの一部でもあるものを見ることが出来る。

タワー消滅の今、形は変われど唯一見る事が出来るタワーの名残。只、この場所にヤノベさんの作品を置いておけるのなら、タワーのキャビンの一つくらい置いておけたのではないかと思うが..グシャってやらなかったらば..の話。

タワー倒壊による機構本部直撃を逃れただけでは安心出来ず、地上に降りたキャビンが”魔球”となって本部方面に転がってくるのを恐れたのか?
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by banpakutantei | 2006-12-17 11:35 | 万国博 | Comments(2)

エキスポタワー跡地の今。

d0065737_0142131.jpgタワー解体から早幾年月。跡地に来れば勿体無い感が衰えないばかりか増してくる。何故?の疑問詞でいっぱいになる。

跡地には相変わらずヤノベケンジ氏の作品の一部が置かれている。これは03年に行われたヤノベケンジ展メガロマニアで発表された解体されてしまったエキスポタワーの部材を使い製作された「タワーオブライフ」という作品のキャビンのパネル部分。

タワーのボールジョイントやエレベーターのパネルも展覧会の時は使用されていたので一部と言う表現をするがこのパネルが置かれている場所こそがキャビンが33年の時を経て地上に降りて来た場所とされている。

キャビン降臨に併せタワー前のゴミ箱の上に立つヤノベ氏。ピカチュースーツの中で「熟れきった果実が地上に落ちてきた」と感じたという。果実はこの場所から再び生命の塔として天空に延びていく筈なんだが..その気配は無い。ヤノベ氏のDVD内では氏自らがドライバーを持ちエレベーターホールのパネルやタワー案内図を取り外すシーンも映っているのだが、嬉しそうな顔に見えたのは気のせいか。

氏の作品の原点となったとも言われる大阪万博会場の解体シーンをオーバーラップさせていたのであろうか?まさか?解体の時を待っていたとは思いたくないが...ゴミ箱の上に立つ黄色の着ぐるみの中の氏の表情をうかがう事は出来なかった。

写真手前が、かすかに四角く色が違っているのがお分かりになるだろうか?ここには以前”メガロマニア ヤノベケンジ”とアルファベットで刻まれた石碑が置かれていた。これはいつの間にか消えてしまったのだが、石碑が取り除かれた部分には”ペンペン”と言う名の草が天空に伸びようとしていた。
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by banpakutantei | 2006-12-09 00:31 | 万国博 | Comments(0)

万博記念館の今。

d0065737_2455086.jpg万博記念館はエキスポランド前、大阪ガスショールームのDELIPA(ディリパ)の二階の片隅にある。ここは万博開催当時、郵便局が設置されていた建物で以前は全体が万博記念館として使用されていたが規模も縮小され現在に至っている。

現在の展示品の数は約300点だそうだ。単純に展示スペースの比率から考えると、当時五倍以上の展示物があってもおかしくなさそうだが。

館全体が記念館であった時に訪れた事が無いので何が削除されたのか解らないが主だった物ではマニアエキスポで展示されたアメリカ館の宇宙服、日本館のリニアモーターカーの模型、スイス館光の木は当時あったそうだ。以前、大阪のOさんとメールしていて当時の館内を奇跡的な記憶力で覚えていらっしゃったので何れ本編で書いてみたい。

現在は展示品に変化は無く、記念公園に行ってもスルーしてしまう事の方が多い。写真は今年1月に撮影したものだが、久しぶりに訪れるとエキスポタワーから太陽の塔周辺の、大きさ造り共それは見事な模型が増えていた。

今まで何処に隠してあったのだろう?たまには行ってみるものだと思って今度は7月に行った時には、今までダイジェストで流されていた万博映画コーナーで開会式の入場風景が延々と映し出されていた。果てしなく続く開会入場式風景。一般の人にはダイジェスト位が丁度良い筈なのに、たれ流しされる開会式の途中で出て行く人は多かった。

しかし、この記念館にはあるべき物が無さ過ぎる。ここにも”あるべき物のない風景”が広がっている。例えばアレもアレもアレも無い。アレのアレはどうした?アレは捨てちゃったのか?展示されていないアレが沢山ある。

入り口から、この部屋にたどり着く為のアレも少なすぎるので初めての人には解りにくい。私も「アレっ?無くなってしまったの?」と錯覚した事もある。「アレこれ言わんといてちょーだい」と言われそうだ。ところでこの大阪ガスショールームDELIPA(ディリパ)のPAってパビリオンのPAなのだそうだ。
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by banpakutantei | 2006-12-03 03:19 | 万国博 | Comments(0)