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てっぺんでギターを弾いたキカイダー

d0065737_1748337.jpg西の通天閣に続き、東のホテルエンパイア。二ヶ月ぶりに観察してきた。驚いた、二ヶ月前、工事のフェンスが立て始められていた時の静寂と大違い大工事が行われていた。

今、エンパイアがピンチだ。ドリームランド無きあと去就が心配されていたホテルエンパイア。06年大学が開校され、エンパイアが図書館として再利用されるとの話があり何て寛大な大学なんだと取り壊し回避を喜んだ。

本家、小田原建築探偵では、”誰がこんなシナリオを想像しただろう?”と解体回避について書出そうとしていた。しかし全く反対の意味で同じフレーズを書く事になるとは..。

”誰がこんなシナリオを想像しただろう?”取り壊しはしないが、姿を変える。桃山バージョンのエンパイアは姿を消す。”平成の大改修”で平成バージョンとなる。エンパイアがエンパイアでなくなる。写真はかなり前の撮影。
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by banpakutantei | 2005-07-30 19:02 | ホテル エンパイア | Comments(4)

新世界を新日本紀行する。

d0065737_18342943.jpg展望室にある旧エレベータの表示板。01年新エレベータへの交換と共に下りのアナウンスも消えた。脳裏に食い付く音楽とアナウンス。もう一度聴きたい。

NHK「新日本紀行ふたたび」は、かつて取材した土地を再訪し、当時のフィルムと新たに撮影した映像を重ね、その変貌を見つめる。

先日の放送は「王将・うまれ浪花の~阪田三吉と新世界~」ジャンジャン町の28年間の変化をとらえ将棋クラブの全盛期と現在の衰退の様子を描いた。

28年前の放送もビデオで見たことがあるが感じるのは時の流れの速さ。完全に速度オーバー。28年前の自分は丁度、息子の年齢。大阪万博はこの番組より更に7年前の出来事。万博に連れて行ってくれた時の親の年齢は今の自分より若い。

そして通天閣行きを却下された学生時代は最初の放送の年と割りと近い。”いにしえ息づく 時の道で変わりゆくもの 変わらぬものたどり巡りて  ふたたび出逢う面影をこの心に” テーマ曲も脳裏に食い付く
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by banpakutantei | 2005-07-28 21:03 | 大阪 | Comments(0)

”新世界”紀行

d0065737_2027181.jpg学生時代「なぁーんもない」と却下された通天閣行きはグリコの看板の処で書いたが、その後何度か昇った。”なぁーんもない”訳ではないが何がある訳でもない。

何があるのか?と聴かれれば”取り敢えず、昇ってみたまえ”と答える。”悩んでないで、昇ってみたまえ。展望台から下を見てみたまえ、人間なんていかに、ちっぽけなものか、わかるさ。ゴーフォ-ブロック。”と付け加える。

確かに展望台から見る人間は小さい。当たり前か..各地の展望台に昇っても何がある訳ではない。目的は景色を見るものなのだから..人間の小ささを実感するものだから..それに比べたら通天閣の展望室は内容豊富ではないか?
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本日来た楽天のメール。”人気のビルケンが30%OFF”。楽天でビリケン??と思ったらサンダルだった。そうここの展望台には幸運の神様ビリケンがいる。以前、新世界の露天で通天閣のビリケンをほんの一回り小さくした位の大きなビリケンを見た。顔も良かった。あれ売り物だったのかなぁ?いくらだったんだろう?欲しかったなぁ。
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by banpakutantei | 2005-07-27 23:16 | 大阪 | Comments(2)

せっかく、来たのに ○○!!

d0065737_033789.jpg今月初め群馬県伊香保温泉に一泊二日研修旅行に行ってきた。地球環境保護についての、ありがたいお話と疲れた体にありがたい温泉につかるありがたい旅行である。

約五年ぶり三度目となる伊香保温泉。前回迄は、バスで高崎辺りまで送ってもらっていたが、今回は嬉しい、朝食後、現地解散という日程。

何が嬉しいかと言うとやっと、珍宝館に行けるチャンスが巡って来たのだ。こんな事が無ければ、なかなかこの辺りまで来ることは無い。

「明日は珍宝館に行かないか?」前日数人にそんな誘いをしてみた。皆酔っ払っていたので「行く行く」と言っていたのだが、朝になりシラフになるとそんな事はスッカリ忘れてしまった様で結局今回の秘境巡りも一人で行く事となった。

思い返せば、昨年の同時期やはり一人で北海道秘宝館に行ったものだ。そのレポートもまだのまま一年が経ってしまった。さて降り立った珍宝館前。嗚呼...貼ってあった張り紙は臨時休業を告げていた。○○!!○○に入れるのは、やはり残と念の文字になってしまうのか?波田様区、ちっとも面白くないので他の文字にしたいが眠くて浮かばない..○○!!
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by banpakutantei | 2005-07-26 01:48 | Comments(0)

練り物大国、小田原。

d0065737_15311492.jpg小田原には、かまぼこ以外にも練り物が沢山ある。ちくわ、はんぺん、すじぼこ等々。これらは総称して水産加工物と言うそうだ。殆どが、おでんの具。何処の製造かは解らないが近所の魚屋で買ってくる、おでんの具は確かに旨い。最近は、この練り物にスポットをあて、”小田原おでん”なるものをアピールしている。これが具の事なのか作り方なのかは解らないが。

かまぼこにも色々あるが小田原のは板が付いたもの。分類は”板かまぼこ”。この板、食べ終わると単なる板となるが、その使い道は殆ど無い。地元の大手かまぼこ店では板に絵を描くコンテストを開催しているが、それすら使い道のごく一部。表札に使っているのも見た事無い。ミニまな板...ちょっとありそう。「キミはかまぼこ、僕は板、二人はいつもピッタンコ。」私の結婚式で頂いた祝電のフレーズの一部である。小田原ならではと言えば、ならではである。僕は板なので、かまぼこを食べ終わると用無しの身となる。  のか??
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by banpakutantei | 2005-07-24 23:52 | 小田原 | Comments(2)

並、特上、極上、超極上、味の違いはわからぬが..

d0065737_1711257.jpg気を取り直し、小田原ネタ。小田原名物と言えば、かまぼことなる。かまぼこ屋も沢山あるが小田原人のかまぼこ消費量ってどれくらいなのだろう?

かまぼこが無償に食べたくなった記憶は無いが冷蔵庫内に一定在庫はある。つまみのない時に食べる。酒のつまみのスーパーサブが、かまぼこのポジション。

赤と白、どちらが好きかは考えた事は無いが、子供の頃、赤い縁取りに沿って食べたりもした。歯並びが良く確認できた。

学生時代、保冷倉庫でバイトしていた。正月近くになると、あちこちのかまぼこ屋からそれは沢山のかまぼこが運ばれてきて、天高く積み上げられた。それが年末迄には、はけていった。やはり正月がかまぼこの本場所なのか。

で、最近かまぼこが、生活習慣病に良い”らしい”と地元商工会議所の広報に載っていた。毎日、三切れ程度食べると良い”らしい”。寒天パワーの後に来るのは”かまぼこ”か?来るか?”かまぼこ”ブーム。生産能力は十分すぎる程あるので品切れ問題なし。
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by banpakutantei | 2005-07-20 17:25 | 小田原 | Comments(2)

さらば橋本真也

d0065737_2352435.jpg復帰戦もそうだが、いつの日か訪れたであろう引退試合にも何はさて置き駆けつけただろう。引退試合では数々の場面を思い浮かべながら観戦したのだろう。なかなか勝てないトニーホーム戦、仁王立ちで受止めるリキラリアット、今度こそはの小川戦、ゼロワン旗揚げ前の負けられない大森戦、Gグッドリッチ戦、トラブル続きで臨んだ真撃、等々。

思えば彼のビッグマッチは祈る様な気持ちで見る事が多かった。それは「勝ってくれ」であったり「負けないでくれ」であったり「頼む」であったりした。それが橋本の試合。小川戦での敗北で引退させられた橋本。テレビで企画された復帰を願う千羽鶴。あまりに早い速度で集まったので我が家で折った鶴は未だ、押入れの中。結局、引退試合もせず橋本は逝ってしまった。爆勝宣言と橋本コールの中、彼は旅立った。
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by banpakutantei | 2005-07-17 01:15 | プロレス 格闘技 | Comments(0)

さらば闘魂三銃士

d0065737_2294796.jpg写真は橋本が入場時に巻いていたはちまき。「はっしもっとぉーしんやー」のコールで場内に投げていた。確認は出来ないが多分、各会場で投げていたのだろう。94年の小田原大会でゲット。この時はリングサイド二列目。地方での興行とは言え流石にこの位置からの観戦はド迫力。東京ドームでは絶対不可能な席。これが地方のプロレスの良さ。プロレスは大会場と地方の興行では全く会場の雰囲気が違う。メインイベントは大抵六人タッグマッチだったりする。そのどちらもプロレス。

この日のカードはセミがパワーウォリアー&ライガー組vs相手は忘れた。メインは何と武藤、蝶野、橋本の闘魂三銃士vsヒロ、後藤、(確か)もう一人忘れた。の最高級六人タッグ。闘魂三銃士と良く言うが、実際に三人が組んで戦った試合はそれ程無い。このはちまき、伸ばすと約四メートル近くもある長さ。各地にばらまかれた、はちまき。今日はしまってあった”はちまき”を、引っぱり出し撫でている人も多いだろう。
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by banpakutantei | 2005-07-16 04:36 | プロレス 格闘技 | Comments(0)

さらばOH砲

d0065737_0444417.jpg昨日のハッスル福岡、小川はどんな試合をしたんだろう?対戦相手の安田も橋本と縁深い。未だスカパー録画見てないけど。2000年4月7日、橋本は小川と自らの引退を賭け対戦し敗れた。東京ドームに溜息がもれた。罰ゲームみたいに”負けたら引退スペシャル”なんて不愉快なタイトルでテレビ放送もされた。

敵同士。そんな二人が対戦の約一ヶ月前に不可解なタッグを組まされたのが横浜アリーナ力道山メモリアル(色々な団体が集結し力道山を偲ぶイベント)興行。エキシビジョンで猪木がジャニースタッキーと対戦した。これが記念すべき?OH砲が誕生した大会。テーマ曲が終わっても登場してこない橋本。やっと登場した時は何故か既に流血していた。何故?会場中は何が起こったのか理解できない。橋本のマイクで試合前に襲われたのが解った。村上に駐車場で襲われたシーンは後日テレビで見る事となる。素人覆面レスラージョーンズにフォール負けした橋本。最後に「引退を賭けて」と叫ぶ。これが引退スペシャルにつながって行く。

駐車場で高級スーツを台無しにされ、大量の流血をし、素人レスラーにフォール負け。橋本ばっかり損な役に見えた。そんな試合が入ったCDROMが百均で売っていた。題名はアントンVSタッキーのみ。キャプションにも橋本の文字は無い。
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by banpakutantei | 2005-07-14 01:40 | プロレス 格闘技 | Comments(0)

復帰戦には行こうと思ってたのに

d0065737_0232168.jpgそろそろプロレスについて書こうと思ってた矢先..こんな事になるなんて..97年4月東京ドームで入場テーマ曲を”闘魂伝承”に変えて臨んだ小川のデビュー戦で負けてしまった橋本は翌月、IWGP王座を賭け、大阪ドームに乗り込んだ。

小川戦にショックした私も家族を引き連れ遠路はるばる、大阪ドームに乗り込んだ。UFOの様な形をした大阪ドーム。売店ではnwoのTシャツがバカ売れしていた。

橋本にはTOYSバージョンの爆勝宣言が一番似合っていた。新しいテーマ曲は好きになれなかった。入場シーンもレスラーの重要な見せ場。メインイベント、大阪ドームのボルテージは最高にあがる。

いよいよ橋本入場。流れてきた曲は何と爆勝宣言。原点回帰。この時は本当に涙が出そうになった。今でも忘れられない。後日放送されたテレビでは辻アナウンサーが絶叫していた。「大阪ドームに流れるこの曲はぁ???闘魂伝承ではありませぇぇぇぇぇん。」テレビでまた涙が出そうになった。橋本真也は喜怒哀楽を体現してきたレスラー。本当に感情移入の出来るレスラーだったのに..
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by banpakutantei | 2005-07-12 01:19 | プロレス 格闘技 | Comments(0)