カテゴリ:RCサクセション( 8 )

ちょっと一休み。して。今年を振り返る。

d0065737_11521049.jpg今年、キヨシローの追悼番組を見る事になるなんて思ってもいなかった。

テレビ欄で見かける"こども店長"の清史郎君の文字が清志郎に見えてしまう事が多々ある。

”紅白に清史郎出演”と書かれた文字を清志郎と勘違いしてしまった。

RCや清志郎を一番多く放映してきたと思うNHK。生きていたら1度くらい紅白に出る機会はあったかも知れない。紅白に出たら一体何を唄ったのだろう。

09紅白。石川さゆりは、おととしぶりの「津軽海峡冬景色」。三木たかしさんの追悼なのだろうけど今年廃止されたブルートレインつながりで同じ三木さん作曲の「火の国へ」が見たかった。

「泣かぬ女の 泣かぬ女の ひとり旅。」いよいよ今年もあと僅か。テレビは通天閣から牛から虎へ干支の引継ぎ式が中継されている。一度この儀式も見てみたいものだ。

与えられた数々の山盛りの年越しの家庭の仕事。これもある意味儀式かも知れない。ただその量に荷物をまとめなくても良いけれど「小田原駅から西へ向け」軽く旅に出てみたい心境でもある。
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by banpakutantei | 2009-12-28 19:38 | RCサクセション | Comments(0)

コーヒーを僕に入れておくれぇよぉ。

d0065737_2342511.jpgバッツ!ゴールデンウィーク終盤、雨の休日、突如として家の電気が一斉に落ちた。停電か?いや我が家だけの様子。

ブレーカーBOXを見てみると元ブレーカーから落ちている。子のブレーカーを1つずつ上げていくと1ヶ所、上がらない浴室のブレーカー。

ここか。この範囲の何処かの機器が漏電している。漏電しているのは解っても私は○○屋。そこから先は電気屋さんでなければ解らない。

さて、このままでは風呂の給水も出来ず困った事になる。東京電力に電話してみると来てくれた。現象は電話で説明してあった。3分も経たずに担当者は原因を突き止めた。

「外ですね。」「外?」ブレーカーには浴室としか書いていなかったが、外のコンセントにも分配していた様だ。早速 原因となった線を止めた。「このイルミネーションに行っている線です。」

クリスマスのイルミネーションをやっては放置したままであった。12月からだから約5ケ月。「そろそろ休みの日にはイルミネーションを片付けて」と嫁さんからは何度か言われてはいた。

「解った、また今度」と延ばし片付けられない男となっていた。「毎年、面倒だから出しっぱなしでも良いか」とも思うようになっていた。

「しかし、すごく早く場所が解かりましたねぇ」「ええ、お邪魔した時に放置されたイルミネーションが目に入ったので、怪しいと思いました。」 

プロだ。プロフェッショナルだ。さりげなく簡単に仕事をするのが真のプロフェッショナルだと思っている。私のハンドルネームGTMは漫画GTO グレートティーチャーオニツカをパクッたものである...いや参考にしたものである。

GはグレイトのG。グレート草津。グレート小鹿。グレートムタにグレートサスケ。プロレスラーが好んで使うグレートである。Tはティーチャーではないが職業を表している。

この様な仕事をしたい。この様にありたい。真のプロでありたい。グレートを目指したい。G.D。グレートデンキ屋さんから改めて学んだ。

青山で尊敬するグレート忌野清志郎の葬儀が行われている悲しく蒸し暑い午後、RCを鼻歌しながら放置したイルミネーションをやっと片付た。

成長してしまった枝に絡まった電線と格闘しながら小1時間。「コーヒーを僕に入れておくれぇよぉ」”君が僕を知ってる”の様に言ってみた。

過去のRCサクセッション
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by banpakutantei | 2009-05-10 00:26 | RCサクセション | Comments(0)

祝35年~6

d0065737_17563376.jpgヨレヨレになっても取って置いた、写真のジャケットがプリントされたカッコいいTシャツ。

ある年の年末、実家に帰ってみると、母親がソレで窓拭きしていた。「嗚呼...」

「ラプソディ」は80年の久保講堂ライブを収録したRC最強最高入門アルバム。ラプソディ版「雨上がりの夜空に」、ラプソディ版「ブン・ブン・ブン」、ラプソディ版「ボスしけてるぜ」等々。

そのどれもが、シングル盤とは比べ物にならないくらい良いし「よォーこそ」はLIVEでしか聴けない。

25年の時を経て発売された「ラブソディ・ネイキッド」は当時収録されなかった曲が入ったラプソディ完全版。

ラプソディ版「ロックン・ロール・ ショー」、初出じゃないけどラプソディ版「スローバラード」、一番好きな曲「ステップ!」のラプソディ版、そしてラプソディ版「指輪をはめたい」。

どしどし熱いラブソング、タイトル名「ラプソディ」がキヨシローと奥さんとの事を唄った曲と知ったのはずっと後になってだ。すごく好きな曲だけど、バンドマンに娘はやらないと決めている。
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by banpakutantei | 2005-11-01 21:32 | RCサクセション | Comments(0)

祝35年~5

d0065737_12463377.jpg多忙な生活に追われる毎日だが、他人からは暇に見られそうな行動をしていたりする。祝35年の初回で”だが待てよ...”と思った”RCは万博お祭り広場でLIVEをしたのか?”の調査。

25周年記念本「生卵」巻末に収録の全ステージ記録。近くで読み難くなってきた細かい文字を追ってみる。

あった..RC単独ではないが80年7月。大阪万博お祭り広場で行われたロックフェスティバルに出演していた。

80年7月と云えば同年4月の久保講堂ライブ盤『RHAPSODY』の発売直後。人気が爆発したRC元年。やはりやっていたんだ。

太陽の塔の下「みんなに訊きたい事があるんだ。愛し合ってるかい?」ってやったんだ。万博閉幕10年。人類の進歩と調和の跡地にふさわしい問いかけではないか。しみじみ。

全ステージ記録はRCの歴史そのもの。その中に発見した驚くべき事実。RCは二度小田原に来日していると前述した。当然二回共行ったが、これは”RC年表”の81.82年と確定できた。

驚いたのは77年の12月。未だブレイク前前前夜。渋谷のジャンジャン、屋根裏と云ったライブハウス名が連なる行間に見つけた見覚えある会場名は何と「小田原市民会館」。

何故に小田原市民会館。RCは3度来日していた。忌野清志郎 ~その大いなる足跡~にも77年について書かれた文字はたったの二行。

未だドカドカうるさいR&Rバンドではなかった時代。この小田原にやって来ていたとは。「ああこの街であえるなんて不思議」って感じ。
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by banpakutantei | 2005-10-28 12:56 | RCサクセション | Comments(0)

祝35年~4

d0065737_0364576.jpg750のエンジン 雨のサタデー・ナイト  私の彼氏は荒くれ 街の嫌われ者
だけどブンブン いかすブンブン  私にやさしきゃ 文句はないさ
国道沿いに西へ行く   ずぶぬれ本牧   ヘッドライトの横須賀
走るブンブン 濡れるブンブン  背中のカモメが私のマーク

”燃えるブンブン”byマギーミネンコ。

”燃えるブンブン”もRCの”ブン・ブン・ブン”も未だ意味不明。

ブンブンってフランス語でドキドキって意味らしいけど、これには当てはまらないような感じがする。

RC単なるお宝自慢~2 
残存数、少なし..と思われる”ほら両腕を差し出すよぉ”
のポーズがカッコいい表紙のツアーパンフ。
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by banpakutantei | 2005-10-26 01:12 | RCサクセション | Comments(0)

祝35年~3

d0065737_21313244.jpg気の合う奴なんて そうザラに いるもんじゃないぜ
だけどコイツならと オイラ 目をつけた
オイラと組まないか 儲けようぜ
どうだ のらないか ヘイ ドラマー
ダカダカダカダカダ(ドラムの音)
新井田耕造!

単なるお宝自慢 1983年 箱根野外ライブで採取
新井田耕造の使用済みスティック

忌野清志郎公式サイト 地味変
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by banpakutantei | 2005-10-22 21:33 | RCサクセション | Comments(0)

祝35年~2

d0065737_858120.jpg○○年前、結婚し新居に移り住むにあたり殆どのビデオが実家に置き去りにされたが、膨大なプロレスビデオと共に引越して来たのが写真の”動くRC”。ご丁寧にレタリングでRCと書いてある。きっと家宝にするつもりだったのだろう。

両サイドの市販品はDVDとなって現在でも入手可能だが、間の五本には確かテレビ出演したRCの貴重画像が満載の筈である。フジテレビではガム吐き事件を起こしたが、この頃NHKにはRCファンがいたらしく、割りと出演していた。

この中に、もう一人の尊敬する”人物”アントニオ猪木に肩車され、唄うキヨシローの姿もある。両雄が並び立った奇跡の瞬間。まるで太陽の塔と通天閣が並んだツインタワー状態。肩車なので奇跡のトーテンポールか。

猪木がRCを、どう感じたかは不明である。強者は強者から学ぶ。「元気ですかー」猪木がリング場から投げかけるメッセージ。それはキヨシローの「愛し合ってるかい?」から、この時、吸収したんじゃない..か?
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by banpakutantei | 2005-10-22 09:44 | RCサクセション | Comments(0)

祝35年

d0065737_144466.jpg何故かRCサクセションとは唐突か。大阪万博35周年の年に忌野清志郎もデビュー35周年を迎えている。万博記念公園の歩みはRCサクセションの歩みと共には...全く無い。何事もこじつけるのが好きな私だが、こればかりは接点が見当たらない。

だが待てよ?ひょっとして、お祭り広場でLIVEを行ったか?太陽の塔の下で「愛し合ってるかい?」って訊いたか?「万博公園ベイベー」って叫んだか?「オレんちの庭だと思って楽しんでってくれ、頼むぜ!」って言ったか?これは調べてみないと解らない。

悲しいかな、どんな人気グループも(例外もあるが)解散、休止する運命にある。RCは解散コンサートをしていないので、活動休止で現在に至る。写真にあるRC祝20周年の時にはメンバーも3人に減り、この辺りから休止状態に入ったと思われる。

RCの全盛期は1980年から約10年。LIVEには何度も行った。小田原にだって2回も来日した。尊敬する”人物”は今でも忌野清志郎だ。35周年の年に出した曲”JUMP”を唄う姿をテレビで見た。昔よりジャンプできないキヨシローが映っていた。
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by banpakutantei | 2005-10-20 03:10 | RCサクセション | Comments(0)