奈良旅行の帰りにイルミナイトを見る。

d0065737_2442843.jpg書き出しては眠ってしまう日が続く。更新頻度が低くなってくると全く意味を成さない時期に書くかお蔵入りになってしまうかのどちらかになってしまう。今回の”イルミナイト万博”なんてこの時期に書かずに何時書くのだって事柄だ。順番通り書いていくと”春の桜祭り”を通り越し”鈴虫の夕べ”辺りの時期に書く事になってしまうのかも知れない程のペースではある。 

イルミナイト万博。クリスマスジャストインタイムの話題(書き出した頃は...emoticon-0139-bow.gif)。四万個の輝き。万博公園初のイルミネーションイベントなのだそうだ。ここ数年世の中にすっかり定着したイルミネーション。街を歩けば 至る所でピカピカしている。

イルミネーションはこの時期の集客には不可欠なものとなり、その分少しくらいのピカピカでは感心しなくなっている。家をピカピカさせる家庭も増えているが肝心の家主が家の中から見る事が出来ないのが難点なのではないかと思っている。

かく言う我が家も10年位前からイルミネイトしている。さすがに家の屋根から壁から塀からズラズラっと下げたりはしないが毎年何かしら買っていった処、それなりのボリュームになった。でも数が多いと片付けるのが凄く面倒で暖かくなる迄、そのままにしておく時も多い。

”イルミナイト万博”の目玉は何と言ってもスイス館 光の木の一部復活。光の木がいくら綺麗でも、閉幕後は解体され姿を消した。その一部が残され記念館に展示されていたそうだが、いつの間にか撤去され、奥の院に死蔵、いや秘蔵されたままとなった。解体された三越レストランでの目撃情報もあったが近年は鉄鋼館に保存されているとの噂だった。

私にしてみたら今回の光の木の復活は”あまりに唐突”と言えば”あまりに唐突”、”ある日突然”と言えば”ある日突然”でもあった。連続開催されているマニアエキスポでも何故か展示されず、何か展示されない訳でもあるのかと考えていた程でもあった。製作準備を考えれば、以前から企画されていたのだろうから突然と言うのはあくまで”私にとって”ではあるが...約32000個の光の一部が復活するなんて。

光の木は”光ってこそ...”、”光らせてこそ...”と言う位置づけだったのだろうか?秘蔵していたのは、光の木を別格の万博遺産、記念機構の秘密兵器として眠らせていた為と解釈した。しかし10月、11月と続いた万博イベントを見に行った身としては3ケ月連続での大阪行きは非常に困難。でも書けば非常に長くなるこの困難を乗り越え、たどり着いた万博公園。

残っていた光の木に32000個分の輝きの力を感じた。ファインダー越しには37年前が蘇っていた。その姿は言わば千手観音(せんじゅかんのん)。長い眠りから覚めた秘宝は秘仏となり復活した。その手から発する光はどんな願いでもかなえてくれそうでもあった。「そうか、この光が我をここまで導いてくれたのか...嗚呼ありがたや...」秘仏となった光の木に今度会えるのは何時だろう。

普段入る事の出来ない芝生にちりばめられた、イルミネーションは当時、宝石箱をひっくり返したかの様な会場風景へのオマージュ。その一角にはこのイベントの為に製作されたソ連館のミニチュアもあった。太陽の塔をツリーにしてデコレートするなどと言う行為はさすがに無かったが夜になっても存在感は圧倒的で全てのイルミネーションは太陽の塔の為にある感じすらあった。37年前と方向は逆だが、その姿はお祭り広場での祭事を見守っているかの様だった。

そんな太陽の塔に全く無関心の人間が私の傍らに存在した。拝み倒して付き合ってもらった嫁さんであった。塔を見るのは今回で二度目。私にとって太陽の塔とは別の意味での神でもある。「大きい事は大きい。でも、どこが良いのかサッパリ、理解不能。」

「考えるな。感じるんだ。」映画”燃えよドラゴン”における有名な格言である。しかし神にとって別の神は存在しないし光の木の輝きもへったくれも無いのである。「それが、どうかしたのか?」って事である。「まぁ青い光のゲートは綺麗だったけど、ここまで電車に乗ってわざわざ来る程のものでも?って感じ...ああ寒っ。風邪引いちゃうから、さあ帰りましょう。」
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by banpakutantei | 2007-12-30 04:54 | 万国博 | Comments(2)
Commented by 佐伯真一 at 2008-01-04 00:55 x
万博探偵さま、あけましておめでとうございます。
ぼくは、イルミナイト万博の光の木を見たときはこみ上げて来るものが抑えられなかったです。
反面、万博の思い入れが無い人にとっては単なる冬の電飾にすぎません。同じもの見ているのにフシギです。
当時の光の木は奥の奥まで電球がとりつけられていました。というより、取り付けてさらにその外に取り付けて最終的にあの形になったのでしょう。従って、奥の電球が切れても交換することは不可能だったでしょう。
木の奥まで人が入って行けそうにもありません!
最初からメンテナンスを放棄した、
一期一会の建造物だったんでしょうね。
Commented by banpakutantei at 2008-01-04 02:47
佐伯さん あけましておめでとうございます。
今年もよろしく お願いいたします。

光の木 電球の交換をどうしていたのか疑問に思っていました。
確かに交換するのは困難な構造をしていますね。

防水性も考えると家庭の室内の電球の様に簡単に廻して交換する
構造でも無い気もします。
以前 館長さんの所で実物を拝見させてもらった時には
そこまで 確認しませんでした。

木の本体もそれらしく作ってあったし想像していた以上に綺麗でボリュームもあって本当に良かったです。また見たいですね。




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