ミュンヘンへの道。

d0065737_071994.jpg10月29日零泊一日、岡山の旅。遂に大阪万博遺跡の旅は神戸を越えた。人生初の山陰山陽地方。それは遥かなるミュンヘン市館への旅路。ミュンヘンへの道だった。

小田原朝一番の新幹線に乗り、岡山駅から約2時間。1時間に1本あるか無いかのローカル線に乗り、1日に数本しか無いバスに揺られ、たどり着いた自衛隊日本原駐屯地。残っていたミュンヘン館は予想以上に大きかった。思っていた以上の長さだった。

壁面に残るMUNCHENのロゴは多分当時のものだろう。(これは後日違う事が判明。)ミュンヘン館も忘れないうちに本編で、まとめなければならない。あぁ今年は殆ど更新出来ていない...

”ミュンヘンへの道”の主題歌は結構良かった記憶があるが1フレーズも思い出せない。思い出せる限りの選手の名前。猫田、大古、横田、嶋岡などなど...”ミュンヘンへの道”とは未だ男子バレーボールがメダルを争う程強かった時代に、関東では日曜日に放映されていたミュンヘンオリンピックへ向けた男子バレーボール番組。男子は見事金メダルを獲得した。出場すら出来ない現在では夢の話。

金メダルの勢いのまま当時、我が母校に松平監督が講演にやって来た。講演料も金と銀では大違いだった筈だ。崖っぷちに追込まれたブルガリア戦が話の中心だったと思う。となれば「最後まで絶対にあきらめるな」って内容だったのだろう。。何せ30年以上前の話なので講演の内容など全く憶えていないが、今日もどこかで行われているであろう様々な講演会で講演者は違えど、題目は変われど、話される内容の”よくある”テーマのひとつに違いない。
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by banpakutantei | 2006-11-02 02:57 | 万国博 | Comments(6)
Commented by シスターチルドレン at 2006-11-02 09:49 x
え?ミュンヘン市館ってまだ残っていたのですか。知らなかったな~。
フジパンロボット館の件については、移設先の愛知青少年公園が後に愛知万博の会場となるという「神の巡り合わせ」(?)が起きてしまったために結構有名なのですが、このミュンヘン館の場合は自衛隊駐屯地の内部ですからね。よく入れましたね~。
Commented by banpakutantei at 2006-11-03 21:25
この日は基地祭りの日だったので入ることが出来ました。年に一度?のこの時を狙って遠征したのです。そうそう、愛知万博のDVD届きましたが未だ見ていません。
Commented by 彩雲4号 at 2006-11-03 23:57 x
「駐屯地にどうやって?」と思いましたが祭りだったのですね。
万博の建物にしては「普通」に思えてしまうのですが・・・
Commented by banpakutantei at 2006-11-04 10:19
そうなんです。形としては単なる切り妻型の屋根の建物なのです。大きさは結構大きくて奥行きが長く50歩以上あり帰ってから調べてみると当時の長さが約62メートルとありましたので、それに近いと思われます。今でもミュンヘン館と呼ばれていました。
Commented by よし坊 at 2006-11-07 23:45 x
GTM様、零泊一日、岡山の旅、お疲れ様でした。電車、バス乗り継いで・・・山奥?にある駐屯地なんですね~自分も一度は訪れてみたいです。
愛知万博のDVD、自分も入手しました。(締め切り最終日にハガキを出したのですが、3日後に届いてビックリしました~)
自分もまだ見てません・・・(笑)
Commented by ミュンヘンへの道 at 2007-10-19 23:44 x
何かに賭けるのが若い命、何かで燃やすのが一度の青春さ!コートの中では涙もあるけど、それは胸にしみこむ熱い涙。覚えておくがいいよ、一途に燃えた日々、覚えておくがいいよ、二度とない日を・・・火のようなスパイクに体をぶつけ、飛び散る汗にさえ生きてる輝きが!!


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