出番を待つテトラポット群。この景色が壮観だと感じるのは私くらいだろうか?テトラポットと書いて”耐える”と読む。”忍ぶ”とも読める。
荒波から防波堤を守るのが彼らの役目。重なり合い設置された彼らの姿はスクラムを組んでいる様にも見える。
テトラポットと言えば”その美学”について書かねばなるまい。テトラポットを体現したレスラーが引退したラッシャー木村。20年以上前。金曜八時。古館伊知郎は荒技を耐え忍ぶ彼のファイトを”テトラポットの美学”と実況した。
耐えに耐えて爆発するラッシングパワー。必殺ブルドッキングヘッドロック。ボロ雑巾の様に散った猪木との最終戦も印象的だった。
現在のプロレス界、特にキングオブスポーツ新日本プロレスの衰退は激しい。テトラポットが飛ばされ、防波堤に亀裂が入った様に見える。例えるならプロレス界の”グレー”ゾーンがテトラポットで、選手の実力は防波堤。亀裂が入った防波堤から出てくるカミングアウト。ミスター高橋本の大部分はファンなら周知の事。
問題はプロレスラーが総合格闘技で全く結果が残せなかったと言う事実。プロレスマスコミによって作られた神話の数々。プロレスマスコミもある意味業界のテトラポットだった訳だ。
週刊誌で勝った負けたを書いたところで何の意味も無い。kamiproは買うけど最近の週刊プロレスは立読みで済ます。しかし近年の週刊ゴング(ずっと立読み)の広告はターゲット絞りすぎではないか。PS.今でも
ブルワーカーってあるのだろうか?と検索したらいっぱい、出てきた。