2015。今年もよろしく。

d0065737_217368.jpg閉館から丁度一年目のオーストラリア記念館。既にその姿は完全に消えていた。

これまで、記念館の向こうに頭を出していた四日市コンビナートの煙突が全部見える。

タクシーから降車後数分で降出した豪雨でずぶ濡れとなった。あと数分遅ければ途中のコンビニで傘を購入したのに。



d0065737_217486.jpg逃げ込んだ屋根下で雨をしのぐが(左写真の奥にある緑色の屋根の建物)全く身動きが取れない。

履いてきたベージュのジーンズは洗濯直後様な茶色になっていた。しかし...冬の雨。体温で乾いていくには相当時間がかかりそうだ。

頭の中にリフレインしていたのは当然、井上陽水の「傘がない」だったけど傘があったとしても、けっこう濡れてしまいそうな雨。空を見れば雲の流れが速い。「止んでくれ!」祈りながら待つこと小一時間。

止んだ訳でも無いが少し泣き疲れた感じの時を見計らい跡地に立つ。360度全周全くのガランとした空間。


d0065737_2182996.jpg写真を撮影していても空気を撮っているかの感触しかない。地面を見ても完全に掘り起こされ整地され残骸らしき物も見当たらないし靴もグチョグチョ。

...と又数分で雨が降出した。もうすっかり何も無くなってしまった跡地に留まる必要も無いけど取敢えず又雨宿りせねばならない。嗚呼...こんな場所まで来てこんな豪雨。

もっと近い場所は無いかと先程とは反対の方向に向かう。数10メートル先に小さな休憩所を見つけると同時に見覚えのある物体が視線に入って来た。

d0065737_2192799.jpg「えっ?..まさか?」そこには記念館敷地入口にあった定礎が移動され設置されていた。

何も残っていないと確認した跡地。しかし、さりげなくひっそりとその印が残されていた。

「日本万国博覧会オーストラリア記念館」と刻まれた定礎。竣工当時、此処が再びの更地になっている姿を想像した人はいなかっただろう。


d0065737_2195710.jpg本体そのものでは無いがこれも記念館の一部。左が元定礎があった場所。

残そうと思えば残せたものが何と残っていた。唯一残されていた定礎は言うなれば記念館の墓石そのものだ。


これとて永久にこのままでいれる保障は無いけど存在する限り此処がオーストラリア記念館の跡地であった事は伝えられて行くだろう。


d0065737_2202928.jpg折角来たのに降りだした豪雨。しかも傘無し。只...もし雨が降らなかったら....傘があったなら.....残された定礎を見逃していた可能性はかなり高い。

普通に跡地に立ち、普通に撮影し、普通に感傷に浸り、記念館入口付近だった場所でタクシーに乗り数10メートルの範囲に残っていた定礎に気付かずブログには「何も残っていなかった。」と書いただろう。 



d0065737_352641.jpgその後、駅に着く頃には何故か完璧に雨は止んだ。何故にあの時間にあんなに降った。

豪雨の豪は豪州=オーストラリアの豪。豪雨はつまりオーストラリア館の雨と捉えた。

前回、すさまじい涙雨と解釈した雨が残された記念館の定礎に導いてくれたと解釈した。

PSオーストラリア記念館の資料入手したので本編でオーストラリア館PART3...いつか作ります。取敢えず随分前のだけど本編PART1~2はこちら。 
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by banpakutantei | 2015-01-04 03:37 | 万国博 | Comments(0)


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