カウントアップ2014。年明けから3日。今年もよろしく。

d0065737_1121175.jpg間が空いてしまったけど”さそりの東京”第3回は、さそりシリーズ第2弾。1972年12月封切りの「女囚さそり 第41雑居房」のラストシーン新宿副都心。

おどろおどろしいシーン満載の内容を払拭するかのような、爽やかな青空に映える囚人服の青いストライプ。

只、爽やかな空とウラハラに走りながら包丁をバトンタッチしながら走る女囚達のどう解釈した良いか解らないシーン。

40年以上前の新宿副都心。劇中47階建ての京王プラザが映るが他には未だ高層ビルは殆ど建っていない。

d0065737_4461938.jpg後方には52階建てとなり京王プラザを抜く高さとなる建設中の新宿住友三角ビルが見える。

子供の頃の高層ビルと言えば36階建の一番上の写真、霞ヶ関ビル。

大阪万博の少し前、この日本初の高層ビルが竣工された。多分開業から程なく連れて行ってもらったと思う。

小学生の頃、何度か東京に連れて行ってもらったけど、あの頃は東京に遊びに行く事は一寸した旅行みたいなもので東京見物と呼んでいた。

d0065737_4465395.jpg最上階には展望室があり眼下には40年以上前の現在とは相当違う景色が広がっていたんだろうけど全く憶えていない。

36階が最も高いビルで他に高いのは東京タワーだけの時代。他に知ってた建物は国会議事堂位で後はだだっ広い東京が広がっていたんだと思う。

高層ビルとは1階から順繰りに楽しいアトラクションを見たりしながら最上階まで登って行く建物と解釈していた。

それが36階もあると思うとゾクゾクしない訳が無かった。

d0065737_4484038.jpg殆どの階が当然テナントの事務所で、他の階には小学生が興味を示すものが何も無いと言う事を知りがっかりしたのを憶えている。


展望室では裏側に刻印出来るメダルが売っていた。展望室からの眺めや、どうやって行ったかとかその時東京で何を食べたかとか全く記憶に残っていないけど、このメダルを買ったって事だけを記憶している。

メダルの裏側には行った日がハッキリと刻印されている筈だけど記念のメダルも今は無い。

d0065737_4475152.jpg住友三角ビルの後は競う様に、高層ビルがニョキニョキと建ちだし、霞ヶ関ビルはそれ程高いビルでは無くなった。

建設当時は探し易かったビルも現在では、流石に埋もれてはいないけど、よおく探さないと気が付かない。

霞ヶ関ビルに行ったのは、この時のたった一度だけ。展望室のあった場所は今でも当時のままなのだろうか?

さそりが走った約10年後、此処が未だ広大な空き地だった学生時代、この橋の写真右手で行われた甲斐バンドのライブTHE BIG GIG。

d0065737_4491015.jpgTV放映もされた一曲目の”生”「ブライトンロック」のレコードとかけ離れた素晴らしさ。YouTubeで見る事が出来る(事もある)けど全く色あせていない。その一ヶ月後には小田原にもやって来た。

現在、跡地含むこの橋の左右には、あの時の熱気を閉じ込めるかの様に東京都庁舎が建つ。

あれから30余年。何気なく見たバラエティ番組のひな壇に座る甲斐よしひろ。思わず「どうした?」と問いかけそうになった。

d0065737_10503181.jpg当時、「3分やそこらで俺たちのメッセージは伝えられない。」「昔、出た時にテレビ局の奴らに酷い目にあった。」

或いは「俺たちの歌を聴きたければ”コンサート”に来い」的な理由でラジオには出ても歌番組へ出なかったアーティスト達。

「テレビに出てプロモーションする。」「テレビに出ない事によってプロモーションする。」「本当はテレビに出たくて仕方ない。」「やっと口説たアーティストが出演する番組。」

人の心は移り行くものだし、年齢を重ねる度に丸くなるもの。画面の向う側の色々な大人の事情の見え隠れが何となく解る大人になった。
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by banpakutantei | 2014-01-03 15:43 | 東京 | Comments(0)


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