カウントアップ EXPO70ホール公開から あれよあれよの29週。

d0065737_15382549.jpg羽田にあった写真もう1枚。大阪万博に行ったのと小学校の遠足で羽田空港に初めて行ったのは大体、同じ様な年代だったのではないかと思う。

ジャンボジェットが就航しテレビでアテンションプリーズを見ていたのも多分同じ様な時期だった様な気がする。

今ではキャビンアテンダントとも呼ばれているスチュアーデスって職業があったのも知らなかった。ドラマによってスチュアーデスって職業が本当に特別な職業ってイメージを植えつけられていた。

当時、我が家の先陣を切って婆さんが万博行きを果たした云々と何度か書いているが、やはり我が家で最初に飛行機に乗ったのも婆さんだった。

飛行機に乗るために羽田に初めて行ったのは、飛行機を見るために羽田に行った頃から7~8年後だった。飛行機は乗るものでは無く、見るものだと思っていた。次の遠足が羽田空港だと知った時の嬉しさは、万博に行けるのを知った時と同じ位だったのかも知れない。飛行機とは「いつか乗れたら、いいなぁ」って乗り物」だった。

展望デッキには写真屋さんがいてジャンボジェットの前でクラスの集合写真を撮ったけど、停まっている時間に合わせて行ったのかどうか解らない。飛行機を見た後は当然お土産を買った。当時の、この場所の現在地が何処か解らないけど、その土産売り場は写真の様な感じで、ジャンボジェットのメダルを買った。

ビッグでもジャイアントでもない大きな固有名詞に付けられたジャンボと言う形容詞。今ではジャンボタクシーやジャンボフランク、年末ジャンボ位しか思い浮かばないジャンボ。その冠を付けたプロレスラー、ジャンボ鶴田。

鶴田ファンでなくてもプロレスファンの中では最強と認められていた不世出の天才レスラーが亡くなってから早10年。生きていたら彼は今、プロレスをどう語るのだろうか?

ジャンボ鶴田の論文はこちら
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by banpakutantei | 2010-10-03 21:16 | 万国博 | Comments(0)


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