カウントアップ EXPO70パビリオン公開から 4週間と5日。

d0065737_223444.jpg今年は大阪万博40周年だけどブルース・リー生誕70年でもあるそうで六本木ヒルズでは「生誕70周年記念 奇蹟のブルース・リー展」が開催されていた。

これまでも何度か節目節目で大小のブルース・リー展は催されているが、よぉぉくチェックしていないと見逃してしまう。今回だって危うく見逃す処だった。まさにドラゴン展”見逃し”危機一発。って事で前回のビルマ館ドラゴン危機一発つながり。

展示は数年前に出されたブルース・リー財団の中村頼永氏コレクション本に出ていた貴重な逸品の数々で、その殆どが展示されていた。

「奇蹟のブルース・リー展」ではあるが「奇蹟の中村コレクション展」とも呼べる。日本にこれだけのブルース・リーが身に付けたり使用した品々が存在する事って凄い事なのではないかと思う。

ブルース・リーも生きていれば70歳。展示品にはリーが描いた自身の晩年を想像した自画像もあったが、それは仙人そのものだった。1970年大阪万博開催の年。それはブルース・リーブレイク前夜とも呼べる年。1973年、32歳で急逝するまでの生き急いだ3年間の始まりの年とも呼べる。

日本で「燃えよドラゴン」が公開された時、彼は既にいなかった。鬼気せまる演技 「燃えよドラゴン」にはそんな表情が読み取れる。会場には「死亡遊戯」のテーマが流れていた。「燃えよドラゴン」撮影の為、中断した「死亡遊戯」の撮影。黄色のトラックスーツに憧れたが体育の時間に着る勇気は無かった。生きて完成させていたら、どんな映画になっていたのだろう。

「死亡遊戯」はリーのそっくりさんを使って完成したが吹き替え部分は我慢して見るしかなかった。本物には遠く及ばない”ベストオブそっくり”。リーのフィギュアも展示されていたけど、リーに似ているものが殆ど無いのは何故なのだろう。

入口には「燃えよドラゴン」の顔出し看板が置いてあり、顔を出せばリーの”蹴られ役”となる事が出来た。リーの顔が抜いてあればって思った人も多い筈。あの時代、皆がブルース・リーになりたかった。

ブルース・りーの本を読んでいると、この顔出し看板と同じような背景でリーとヤンスエ(役名はボロ)が戦っている写真を目にする。ヤンスエはGメン75によく出ていたマッチョマン。凄く強そうに見えたヤンスエは、実際のスクリーンではリーと戦う事も無く、ジョンサクソン(役名ローバー)に簡単にやられてしまう。りーVSヤンスエ。どんな展開になったのだろう?この戦いは37年前の幻の一戦。

せっかくなので、もうひとつの顔出し看板も作って欲しかった。それは...。ドラゴン危機一発の名シーン。リー扮するチェンの一撃に人が突き抜けた壁。そこには人の形に穴が開いていた。そんなバカな...。

しかしそれはリーの攻撃の破壊力を如実に表現していた。そんな看板が置いてあったら絶対に受けた筈。壁をバックに両手を広げれば、そこは蒸し暑いタイの製氷工場。ドラゴン危機一発オープニングがダダダンッって聴こえてくる。

以前の リーに関するブログはこちら
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by banpakutantei | 2010-04-15 03:52 | 万国博 | Comments(0)


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